Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: cuarajhi 投稿日時: 2007/04/14 16:52 投稿番号: [3599 / 6946]
ブエノスアイレス市内にいくつかあるタンゴが堪能できるレストランの中で
数年前にできた新しい店ですが、伝統店を凌ぐ評価が定着しつつあるのが「セニョール・タンゴ」
という店です。検索でいくつか見つけました↓
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/argentina/tango.htm
http://www.inapon.com/saab1.htm
http://www.toshima.ne.jp/~nsawa/sub1_22.html
Senor Tango Av. Vieytes 1653 夕食&ショー:20:30〜、ショーのみ:22:00〜.
このセニョール・タンゴでも私の友人の一人(在アルゼンチンのボリビア人)がやはりフォルクローレ奏者として
出演しています。彼は前述のラ・ベンターナで演奏している友人の義理の兄弟であり、この2人は以前に
日本での演奏ツアー経験があります。(92年にアルゼンチンのフォルクローレグループ”コンドルカンキ”の
一員として来日、当時その日本ツアーのビデオやCDも販売されていた、↓参照)
http://www.catalog-shopping.co.jp/store/goods.php3?goods_num=225010
セニョール・タンゴで演奏する彼を見た方は「マゴ・デル・チャランゴ、エドウィン!」
と声をかえてあげて下さい、きっと「ホルホル♪」してくれるでしょう。
彼は日本ファンで日系人の友人もいます。今回彼が自主制作した音楽CDを貰いました、
彼がサンポーニャ(連環笛、パンフルート)で演奏した世界の有名な曲の録音です。
タイトルがなぜかYuray(由来)と日本語になっており、「赤とんぼ」「荒城の月」日本の曲も2つ含まれていました。
彼の自宅で今回撮影した写真およびCDジャケット表紙をあげておきます、
2人の友人は92年時にコンドルカンキのメンバーとして来日していますが、その後はコンドルカンキを
離れ独自に音楽活動をしています。私が彼らと知り合ったのはコンドルカンキを離れてからで、
共通のアルゼンチン人の友人に紹介されてでした。
この友人2人が92年に所属していたコンドルカンキは当時はリーダーのボリビア人レネ・カレアーガと
彼の息子オマール、娘ビビアーナに加え私の友人3人(セルヒオ、エドィン、マリエラ)の6人の
アルゼンチン在住のボリビア人及びボリビア系アルゼンチン人で構成されており
92年の日本ツアーに来ています。マリエラ(女性)は現在ボリビアに住んでおり私も10年以上会っていません。
92年来日時には友人のセルヒオはケーナ奏者、エドィンはチャランゴ奏者、マリエラはパーカッションと
ダンスを担当していました。
コンドルカンキのリーダーの娘さん(ビビアーナ)のサイトがありました↓
Concierto Japon (日本コンサート)のビデオがいくつかみれます↓
http://www.vivianacareaga.com.ar/video.htm
来日コンサート時の写真があります。中には力士と一緒の写真も。
http://www.vivianacareaga.com.ar/
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi009L.jpg(92年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi021.jpg(92年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi019.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi016.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi023.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi024.jpg(96年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi038.jpg(98年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi025.jpg(2000年来日時)<
数年前にできた新しい店ですが、伝統店を凌ぐ評価が定着しつつあるのが「セニョール・タンゴ」
という店です。検索でいくつか見つけました↓
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/argentina/tango.htm
http://www.inapon.com/saab1.htm
http://www.toshima.ne.jp/~nsawa/sub1_22.html
Senor Tango Av. Vieytes 1653 夕食&ショー:20:30〜、ショーのみ:22:00〜.
このセニョール・タンゴでも私の友人の一人(在アルゼンチンのボリビア人)がやはりフォルクローレ奏者として
出演しています。彼は前述のラ・ベンターナで演奏している友人の義理の兄弟であり、この2人は以前に
日本での演奏ツアー経験があります。(92年にアルゼンチンのフォルクローレグループ”コンドルカンキ”の
一員として来日、当時その日本ツアーのビデオやCDも販売されていた、↓参照)
http://www.catalog-shopping.co.jp/store/goods.php3?goods_num=225010
セニョール・タンゴで演奏する彼を見た方は「マゴ・デル・チャランゴ、エドウィン!」
と声をかえてあげて下さい、きっと「ホルホル♪」してくれるでしょう。
彼は日本ファンで日系人の友人もいます。今回彼が自主制作した音楽CDを貰いました、
彼がサンポーニャ(連環笛、パンフルート)で演奏した世界の有名な曲の録音です。
タイトルがなぜかYuray(由来)と日本語になっており、「赤とんぼ」「荒城の月」日本の曲も2つ含まれていました。
彼の自宅で今回撮影した写真およびCDジャケット表紙をあげておきます、
2人の友人は92年時にコンドルカンキのメンバーとして来日していますが、その後はコンドルカンキを
離れ独自に音楽活動をしています。私が彼らと知り合ったのはコンドルカンキを離れてからで、
共通のアルゼンチン人の友人に紹介されてでした。
この友人2人が92年に所属していたコンドルカンキは当時はリーダーのボリビア人レネ・カレアーガと
彼の息子オマール、娘ビビアーナに加え私の友人3人(セルヒオ、エドィン、マリエラ)の6人の
アルゼンチン在住のボリビア人及びボリビア系アルゼンチン人で構成されており
92年の日本ツアーに来ています。マリエラ(女性)は現在ボリビアに住んでおり私も10年以上会っていません。
92年来日時には友人のセルヒオはケーナ奏者、エドィンはチャランゴ奏者、マリエラはパーカッションと
ダンスを担当していました。
コンドルカンキのリーダーの娘さん(ビビアーナ)のサイトがありました↓
Concierto Japon (日本コンサート)のビデオがいくつかみれます↓
http://www.vivianacareaga.com.ar/video.htm
来日コンサート時の写真があります。中には力士と一緒の写真も。
http://www.vivianacareaga.com.ar/
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi009L.jpg(92年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi021.jpg(92年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi019.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi016.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi023.jpg(94年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi024.jpg(96年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi038.jpg(98年来日時)
http://www.vivianacareaga.com.ar/graficos/vivi025.jpg(2000年来日時)<
これは メッセージ 3598 (coreano_raza_infima さん)への返信です.
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