Re: 或る掲示板猿の選択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2007/02/03 23:55 投稿番号: [3495 / 6946]
ウエーッ、ハッハー!!
ここは韓カテでは知らない者がいないほどのイカレ鮮人シブ猿奴
(本名:shibural7)のトピにだ、ゆえに「痴情の落猿」とか
「シブ猿落書き帳」とか云われているトピにだ。
このトピにはどんなことを書いても文責は全てトピ主たるシブ猿奴にあるニダ。
近いうちに「韓カテ世界遺産第1号」に指定される予定ニダ、ウリナラマンセー!!
ま、ひたすら「ウリナラマンセー!」できるネタを日夜必死になって探し回り
なければ捏造あるいは他者を貶めることで”無理やり”にでも「優越感を
感じたいニダ!」とミンジョク丸ごとそんな小さなスケール丸だしにして
日々活動している鮮民族、日本人とはまさに正反対の「謙虚・礼儀正しい・
正直(南米での一般的な日本人観)」からもっとも縁遠い存在です。
アルゼンチンでの日本人の生き様のホンの1例ですが↓に書いておきます。
(アルゼンチンの日系紙である”らぷらた報知”1963年8月24日に掲載記事を要約)
山口栄一氏は1931年にアルゼンチンに移住、首都近郊でクリーニング業を18年間営んで
いましたが、その後店を実弟に譲り自身は他の町で新しい店を開きました。
その後起きたことですが1963年に弟の店が漏電で火事を起こし顧客の衣類を全て
焼失してしまいました。彼の店ではないのですが、長年ひいきにしてくれた顧客に
迷惑をかけまい、と弟と相談して130人分の衣類を弁償したそうです。
彼は周りのアルゼンチン人にも信頼され、近所付き合いにも気を配り、持ちつ持たれつ
の関係を重んじて仕入れもいろいろな店から均等にしていました。
そうした日ごろの誠実さが認められ同年8月に地元のロータリークラブから
表彰され、表彰式にはアルゼンチン政府高官から日本領事その他多数の人々が
出席したそうです。その席で山口氏は「アルゼンチンに住んで幸福な生活が
できるのも皆様のおかげです。お世話になった人々に迷惑をかけないように当たり前の
ことをやっただけです」と述べています。ホント、在日鮮奴どもに
聞かせてやりたい言葉です。特に「日本には来るなニダ!」とヌカした東京都の
慰安婦(保健婦?)鮮婆に・・。
(”らぷらた報知”1967年11月25日の掲載記事を要約)
アルゼンチン首都近郊にルハンという町がありそこにある大聖堂とそこに祭られた
アルゼンチンの守護神サンタマリア・デ・ルハンのために毎年何百万のアルゼンチン人
がこの町を訪れます。(日本のお伊勢参りに似ているかも)
で、1967年のことですが集中豪雨でルハン市内を流れる川が氾濫し大聖堂の近くに
ある博物館(独立運動で活躍した建国時代の革命家や軍人たちの礼服・軍服など
歴史的遺品が約50点保管されていた)が浸水し保管されていた貴重な歴史遺品たる
衣類が汚損してしまいまったそうです。洪水後に復旧作業にとりかかった博物館は
同市でクリーニング業を営んでいた後仲門清松(くしなかじょう・せいしょう)氏に
依頼し料金の見積もりを求めたところ、「アルゼンチンの歴史的遺品の修復に
お役にたてれば名誉なことです」と無報酬で引き受けたとのことです。
この美挙はマスコミを通じて広く知れ渡りいろいろな方面から賞賛や感謝の手紙が
送られたそうです。同年11月24日にブエノスアイレス市内の陸軍クラブ会館で
表彰式が行われ、記念品としてサーベルと銀メダルが贈られました。
ちなみにこの後仲門氏は洪水の後、顧客の衣類も無料に等しい料金でクリーニングを
引き受けていたとか。
--------------------
投稿者: shibural7 (1歳/男性/kr)
良く周りから言われるが、
私の顔はポール ニューマンに似ってて
彼に負けない位美しい瞳持ってるんですて。
在日へ頼む
2003/ 8/ 1 9:35
メッセージ: 972 / 977
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
包丁を常に持って歩きながら猿らを刺し殺せ
ここは韓カテでは知らない者がいないほどのイカレ鮮人シブ猿奴
(本名:shibural7)のトピにだ、ゆえに「痴情の落猿」とか
「シブ猿落書き帳」とか云われているトピにだ。
このトピにはどんなことを書いても文責は全てトピ主たるシブ猿奴にあるニダ。
近いうちに「韓カテ世界遺産第1号」に指定される予定ニダ、ウリナラマンセー!!
ま、ひたすら「ウリナラマンセー!」できるネタを日夜必死になって探し回り
なければ捏造あるいは他者を貶めることで”無理やり”にでも「優越感を
感じたいニダ!」とミンジョク丸ごとそんな小さなスケール丸だしにして
日々活動している鮮民族、日本人とはまさに正反対の「謙虚・礼儀正しい・
正直(南米での一般的な日本人観)」からもっとも縁遠い存在です。
アルゼンチンでの日本人の生き様のホンの1例ですが↓に書いておきます。
(アルゼンチンの日系紙である”らぷらた報知”1963年8月24日に掲載記事を要約)
山口栄一氏は1931年にアルゼンチンに移住、首都近郊でクリーニング業を18年間営んで
いましたが、その後店を実弟に譲り自身は他の町で新しい店を開きました。
その後起きたことですが1963年に弟の店が漏電で火事を起こし顧客の衣類を全て
焼失してしまいました。彼の店ではないのですが、長年ひいきにしてくれた顧客に
迷惑をかけまい、と弟と相談して130人分の衣類を弁償したそうです。
彼は周りのアルゼンチン人にも信頼され、近所付き合いにも気を配り、持ちつ持たれつ
の関係を重んじて仕入れもいろいろな店から均等にしていました。
そうした日ごろの誠実さが認められ同年8月に地元のロータリークラブから
表彰され、表彰式にはアルゼンチン政府高官から日本領事その他多数の人々が
出席したそうです。その席で山口氏は「アルゼンチンに住んで幸福な生活が
できるのも皆様のおかげです。お世話になった人々に迷惑をかけないように当たり前の
ことをやっただけです」と述べています。ホント、在日鮮奴どもに
聞かせてやりたい言葉です。特に「日本には来るなニダ!」とヌカした東京都の
慰安婦(保健婦?)鮮婆に・・。
(”らぷらた報知”1967年11月25日の掲載記事を要約)
アルゼンチン首都近郊にルハンという町がありそこにある大聖堂とそこに祭られた
アルゼンチンの守護神サンタマリア・デ・ルハンのために毎年何百万のアルゼンチン人
がこの町を訪れます。(日本のお伊勢参りに似ているかも)
で、1967年のことですが集中豪雨でルハン市内を流れる川が氾濫し大聖堂の近くに
ある博物館(独立運動で活躍した建国時代の革命家や軍人たちの礼服・軍服など
歴史的遺品が約50点保管されていた)が浸水し保管されていた貴重な歴史遺品たる
衣類が汚損してしまいまったそうです。洪水後に復旧作業にとりかかった博物館は
同市でクリーニング業を営んでいた後仲門清松(くしなかじょう・せいしょう)氏に
依頼し料金の見積もりを求めたところ、「アルゼンチンの歴史的遺品の修復に
お役にたてれば名誉なことです」と無報酬で引き受けたとのことです。
この美挙はマスコミを通じて広く知れ渡りいろいろな方面から賞賛や感謝の手紙が
送られたそうです。同年11月24日にブエノスアイレス市内の陸軍クラブ会館で
表彰式が行われ、記念品としてサーベルと銀メダルが贈られました。
ちなみにこの後仲門氏は洪水の後、顧客の衣類も無料に等しい料金でクリーニングを
引き受けていたとか。
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投稿者: shibural7 (1歳/男性/kr)
良く周りから言われるが、
私の顔はポール ニューマンに似ってて
彼に負けない位美しい瞳持ってるんですて。
在日へ頼む
2003/ 8/ 1 9:35
メッセージ: 972 / 977
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
包丁を常に持って歩きながら猿らを刺し殺せ
これは メッセージ 3492 (kitanokousakusya さん)への返信です.
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