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遠交近攻ニダ②

投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2006/05/17 21:59 投稿番号: [3329 / 6946]
少し話しがそれますが・・。
現在、中国が必死になって南米諸国の地下資源、食料の確保に
走っていますが、世界広しといえども主要穀類(小麦、大豆等)を
大量に海外に輸出する能力をもつ国は4つしかありません。
アングロサクソン系の国3つ(米国、カナダ、オーストラリア)と
ラテン系の国アルゼンチンです。日本としては良好な関係を今後も
続けたい国です。
かつて太平洋戦争の直前に日本軍は軍需物資である皮革をアルゼンチンから
仕入れましたが、それはアルゼンチン以外の皮革生産地はすべて連合軍側の国
(米国、オーストラリア、中国)だった、という事情がありました。

当時の日本の資源確保の道が英米からさまざまな圧力がかけられていた中で
アルゼンチンを始めとする南米諸国からの調達は南米の反米意識もあり比較的容易でした。
アルゼンチンは当時の日本の南米向け輸出の3割以上を占めていたのですが、1940年に
日亜通商協定が日本・アルゼンチン間で締結され、公使館をそれぞれ同時に
大使館に昇格させています。それほど当時の日本にとって資源確保の観点から
アルゼンチンは重要な国でした。また欧米が押さえていたニュースソースとしての
外電の契約が打ち切られ、世界情報の収集が困難だった日本にとって中立国の立場に
あったアルゼンチンは情報収集源としても重要であり、1940年に日本の各新聞社の
特派員(同盟通信、東京朝日、東京日々=毎日、読売)がブエノスアイレス支局を開設
する為にアルゼンチンに到着しています。
このブエノスアイレスからの情報は「状況分析をするうえで日本外務省が何度か
賞賛したほど、その貢献度は大きかった」そうです。また「日本は第二次世界大戦中、
ブエノスアイレスを拠点としてラテンアメリカ諸国や米国の状況をさぐる
情報スパイ網を広げていた(1996年9月28日クラリン紙報道)」ともあります。

当時からアルゼンチンは親日反米だったので太平洋戦争が始まった時に
アルゼンチンではスペイン系特に感情家のイタリア系のアルゼンチン人たちは
日系人のクリーニング店(いまでもその傾向はありますが当時からアルゼンチンの
日系人にはクリーニング業を営む人が多かった)やカフェ店に飛び込んで
祝福したそうです。
またアルゼンチンは第二次世界大戦で世界で一番最後に枢軸国(日本、ドイツ)と
断交・宣戦布告を行った国でもありました。(1945年、英米の圧力に抗しきれず)
1940年にキューバで開催された米州会議で米国は米州諸国(北及び中南米諸国)に
枢軸国との断交決議を採択させようとし、それに強硬に反対したのがアルゼンチンと
チリでした。(チリは1943年に枢軸国と断交)当時のアルゼンチンのストルニ外相は
米国のハル国務長官宛てに「一枢軸国が敗けることがハッキリしている現情勢下に
おいて枢軸諸国に宣戦布告を行う事は騎士道に反しかつ我が国のプライドが許さない」
とまで述べています。

このトピでもなんどか日本とアルゼンチンとの友好
歴史話をとりあげていますが、日本からもっとも遠いアルゼンチンに
比べ日本の隣国の南北不逞鮮国にそのての話はあるのでしょうか?

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俺の生きの目的ははあれの念願で身体まで震えてるよ。チンポを女性の肌に触らせたくて息が詰まるよ。お前は何か他に緊急特別説明し切れない高尚な思い出もござる? 猿!
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