Re: ペルーの大統領選って
投稿者: shibural13 投稿日時: 2006/04/11 21:27 投稿番号: [3306 / 6946]
私はシブラル13、初代シブラル7の魂を受け継ぐ”弐代目シブ猿”なのだ。
私もそろそろ初代シブ猿のたてたこのクソトピの延命に疲れてきたのだ、
誰か”参代目シブ猿”を襲名してくれる奇特な御仁にトピを譲りたいのだ。
実に久しぶりでございますだ、gades plutonさん、
見捨てられ寂れたこのクソトピをイルボンサラムのお方が訪れるのを
ウリの生きているうちに見れるとは・・(感泣)。
まさに干天の慈雨ですニダ、ウリトピ、マンセー!!
>1回目の投票で過半数の得票を得た候補がいなかったので、
>2回目の投票がおこなわれるようで。
90年のフジモリ大統領誕生の時もバルガス・ジョサ(Vargas Llosa)との
決戦投票(上位2名による)でしたね。
今朝のA紙朝刊にフジモリ氏の長女が大統領選挙と同時に実施された
国会議員選挙で初当選した旨の報道がありました。
秘露国で最初の日系国会議員は1978年のマヌエル・カワシタ氏ですが、
フジモリ政権時代には国会議員サムエル・マツダ氏(92年ー00年)
や大臣も輩出しました。ハイメ・ヨシヤマ氏(運輸・通信大臣、
エネルギー鉱山大臣、大統領府省大臣を歴任)、
ダニエル・ホカマ氏(エネルギー鉱山大臣、大統領府省大臣を歴任)、
ハイメ・ソベロ・タイラ氏(漁業大臣)、ビクトル・ヤマモト氏
(保健大臣)そしてフジモリ氏の長女が当選するまで現時点で唯一の
日系国会議員だったスサーナ・ヒグチ氏(元フジモリ夫人)がいます。
フジモリ大統領の当選当時を思い出しますが、以下、引用。
「フジモリの当選は日系社会と関係なく起きた。
フジモリ自身は、日系社会とは全く関係をもたずに、
ペルー社会に溶け込みながらペルー社会の
階層を下から昇ってきていた・・・日系社会は選挙動向に関し
公式には中立宣言を発する一方、日系社会の幹部がフジモリに
直接会い、決戦投票を辞退するよう提案した。しかし、フジモリは
その提案を受け入れず、決戦投票でバルガス・ジョサを破り、
大統領に当選する」
「フジモリは、当初、次の1995年の選挙での当選を念頭に、
その布石のつもりで90年の選挙に立候補した。ところが”仕事、誠実、
技術(Trabajo, Honradez y Tecnologia)”という標語を用い、
下層の人々を対象に行った地味な選挙運動が、勤勉、誠実という、
ペルーで日系人が一般的に抱かれているイメージ、ならびに
戦後復興を遂げ経済大国となった日本のイメージを呼び起こし、
選挙戦の中盤を過ぎてから徐々に効果を表し始める(以降略)」
南米での鮮人大統領はおろか国会議員レベルでも鮮人の政界進出は
聞いたことがありませんが、南米現地で嫌われ侮蔑されている鮮人社会が
一丸となってワイロ・キーセン接待、その他の汚い手を駆使して頑張っても
今後半万年は南米で鮮人系政治家が出現することはないと思います。
前述の引用は最近購入した「アジア遊学 勉誠出版」という月刊誌の
05年6月号「アジアとラテンアメリカ特集」からですが、
アルゼンチンにおけるアジア系(日本、中国、鮮国)の諸コミュニティが
現地でどのような評価をうけているかの記述を次回にでも引用します。
まあ、以前に何度も南米での日本人と鮮人への評価イメージは書いているので
今さらではありますが。
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負けを認めて
2002/ 6/25 23:17
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
引退する
私もそろそろ初代シブ猿のたてたこのクソトピの延命に疲れてきたのだ、
誰か”参代目シブ猿”を襲名してくれる奇特な御仁にトピを譲りたいのだ。
実に久しぶりでございますだ、gades plutonさん、
見捨てられ寂れたこのクソトピをイルボンサラムのお方が訪れるのを
ウリの生きているうちに見れるとは・・(感泣)。
まさに干天の慈雨ですニダ、ウリトピ、マンセー!!
>1回目の投票で過半数の得票を得た候補がいなかったので、
>2回目の投票がおこなわれるようで。
90年のフジモリ大統領誕生の時もバルガス・ジョサ(Vargas Llosa)との
決戦投票(上位2名による)でしたね。
今朝のA紙朝刊にフジモリ氏の長女が大統領選挙と同時に実施された
国会議員選挙で初当選した旨の報道がありました。
秘露国で最初の日系国会議員は1978年のマヌエル・カワシタ氏ですが、
フジモリ政権時代には国会議員サムエル・マツダ氏(92年ー00年)
や大臣も輩出しました。ハイメ・ヨシヤマ氏(運輸・通信大臣、
エネルギー鉱山大臣、大統領府省大臣を歴任)、
ダニエル・ホカマ氏(エネルギー鉱山大臣、大統領府省大臣を歴任)、
ハイメ・ソベロ・タイラ氏(漁業大臣)、ビクトル・ヤマモト氏
(保健大臣)そしてフジモリ氏の長女が当選するまで現時点で唯一の
日系国会議員だったスサーナ・ヒグチ氏(元フジモリ夫人)がいます。
フジモリ大統領の当選当時を思い出しますが、以下、引用。
「フジモリの当選は日系社会と関係なく起きた。
フジモリ自身は、日系社会とは全く関係をもたずに、
ペルー社会に溶け込みながらペルー社会の
階層を下から昇ってきていた・・・日系社会は選挙動向に関し
公式には中立宣言を発する一方、日系社会の幹部がフジモリに
直接会い、決戦投票を辞退するよう提案した。しかし、フジモリは
その提案を受け入れず、決戦投票でバルガス・ジョサを破り、
大統領に当選する」
「フジモリは、当初、次の1995年の選挙での当選を念頭に、
その布石のつもりで90年の選挙に立候補した。ところが”仕事、誠実、
技術(Trabajo, Honradez y Tecnologia)”という標語を用い、
下層の人々を対象に行った地味な選挙運動が、勤勉、誠実という、
ペルーで日系人が一般的に抱かれているイメージ、ならびに
戦後復興を遂げ経済大国となった日本のイメージを呼び起こし、
選挙戦の中盤を過ぎてから徐々に効果を表し始める(以降略)」
南米での鮮人大統領はおろか国会議員レベルでも鮮人の政界進出は
聞いたことがありませんが、南米現地で嫌われ侮蔑されている鮮人社会が
一丸となってワイロ・キーセン接待、その他の汚い手を駆使して頑張っても
今後半万年は南米で鮮人系政治家が出現することはないと思います。
前述の引用は最近購入した「アジア遊学 勉誠出版」という月刊誌の
05年6月号「アジアとラテンアメリカ特集」からですが、
アルゼンチンにおけるアジア系(日本、中国、鮮国)の諸コミュニティが
現地でどのような評価をうけているかの記述を次回にでも引用します。
まあ、以前に何度も南米での日本人と鮮人への評価イメージは書いているので
今さらではありますが。
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負けを認めて
2002/ 6/25 23:17
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
引退する
これは メッセージ 3305 (gades_pluton_1930 さん)への返信です.
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