イランとアルメニア(9)
投稿者: gades_pluton_1930 投稿日時: 2005/04/17 22:39 投稿番号: [2900 / 6946]
(#2898からのつづき)
イランとアルメニアがらみの投稿として最後に、
アゼルバイジャンについて少しふれます。
イランという国は、ペルシア系が多数を占めるものの、多民族国家です。
ペルシア民族と他民族との興亡の歴史が反映されています。
現在、イランの主要な民族構成は、次のとおりです。
アゼルバイジャン人の割合が大きいことがわかると思います。
ペルシア人
51%
アゼルバイジャン人(アゼリー人)
24%
ギラキ人、マザンダラニ人
8%
クルド人
7%
アラブ人
3%
トルクメン人
2%
また、ご存じのとおり、旧ソ連を構成していた、アゼルバイジャン共和国も、
アゼルバイジャン人が多く住んでいる国です。
アゼルバイジャン共和国の主な民族構成は、次のとおりです。
アゼルバイジャン人
90%
ロシア人
2%
アルメニア人
2%
要するに、アゼルバイジャン民族は主に、
アゼルバイジャン共和国とイラン・イスラム共和国の2か国にまたがって、居住していることになります。
この民族は、トルコ系(チュルク系)でありセルジューク王朝(トルコ)の時代に移住してきたのですが、
17世紀にサファヴィー朝ペルシアの版図に組み込まれ、
この地の多数のチュルク人がシーア派に改宗した結果、
「アゼルバイジャン」と呼ばれるペルシアの影響が強いチュルク系民族が形成されました。
しかし、このあとカージャール朝ペルシアがロシア帝国との抗争に敗れた結果、
1828年のトルコマンチャーイ条約で、
アゼルバイジャン人の居住地区のうちアラス川以北がロシアに割譲されてしまいます。
この割譲された地域が、現在のアゼルバイジャン共和国の原形です。
アゼルバイジャン人居住地区が国境によって南北に分断されてから180年ほどたちますが、
ロシアに支配された北側は、人名に至るまでロシアの影響を強く受けてしまいました。
(つづく)
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韓国カテno.1人気者のシブ
2001/10/14 11:40
投稿者: shibural7 (1歳/男性/kr)
ここでは最下位
いや、
影のno.1か.....
これは メッセージ 2893 (rfbjh639 さん)への返信です.
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