ヨハネ・パウロ2世
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2005/04/04 23:20 投稿番号: [2874 / 6946]
http://www.clarin.com/diario/2005/04/03/tapapapel.htm
↑はアルゼンチン・クラリン紙のトップ面(印刷版)の写真ですが、
やはりカトリックの南米諸国では大々的に報じられていますね。
http://www.n-girasol.com/chile//pinochet_allende.htm
>1987年4月、ヨハネパウロ2世がチリを訪問
>南米にあって最も保守的なカトリック国であるチリでは教会の発言力は極めて強大である。
>1987年4月、ヨハネパウロ2世ローマ法王がチリを訪問。これは大きな転換点となる。
>チリの教会内部でも思想は統一されていたわけでもない。
>神父の中には、左翼ゲリラの活動を容認し支持する者もおり、ピノチェトは、
>法王がこうした進歩派勢力を批判し、たしなめることを期待した。
>しかし法王自身はピノチェト政権を「独裁」と公言した。また法王は、
>フィリピンのマルコス政権崩壊時に教会が果たした役割―民主化の先導―を、
>チリ教会も遂行すべきと述べた。スラムにも赴き、説教した。
>「正義のために連帯を。教会は行動を起こさなければならない。それは神の思し召しだ」
>「すべてのチリ国民に、等しく、政治と司法の権利と、自由で活発な参加を」
>ピノチェトからすれば内政干渉にも等しい法王の発言は、民主化勢力の主張に正当性を与えた。
ヨハネパウロ2世、で真っ先に思い浮かぶのが↑で17年ぶりのチリ民政移管(90年)の
大きな流れを作ったことです。
80年代後半のチリ軍政末期、当時はインターネットもなく私は日本の新聞を頼りに地球の反対側の
チリの軍政から民政への転換を興味を持って見ていました。(当時の新聞スクラップは保管して
あります)元々チリという国に関心をもったのがこの「軍政」なのですが、ヨハネパウロ2世の
役割は実に大きなものがありました。ピノチェト軍政を暗に批判する演説に後ろで聴いていた
軍政幹部達は動揺を隠せなかったとか。
http://www.clarin.com/suplementos/especiales/2005/04/03/l-950061.htm
1979年の隣国チリとのフエゴ島での国境紛争「ビーグル海峡事件」で仲介の特使を派遣したり、
英国との領土紛争「マルビーナス紛争(フォークランド紛争)」の時には自らアルゼンチンを
訪れ平和の為のミサを主宰したことは初めて知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050403-00000113-yom-soci
>広島で歴史的アピール…法王に惜別のミサ、祈る信者
>世界中で平和の大切さを説き、1981年には被爆地・広島と長崎を訪問した
>ローマ法王ヨハネ・パウロ2世。
なんと日本にも来て広島・長崎の原爆犠牲者の冥福を祈ってくれたのですか・・。
この時の来日前に寸暇を惜しんで日本語を学ばれ、それも意味を把握し
棒読みにならぬように演説し日本の聴衆を感動させたとか。
その法王の博愛の気高い精神に比べたら「原爆マンセー!」と叫んで悦に入る鮮人どもは
まさにその対極のサタンですね、おいッ、”38年童貞サタン”のシブ小鮮奴よ、
サタンのくせに↓のような言葉を吐くでないッ!汚らわしいわッ!
----------------
2005/ 4/ 3 21:02
投稿者: shibural7 (男性/海外、静かな朝の国、高麗)
ビバ、パパ
↑はアルゼンチン・クラリン紙のトップ面(印刷版)の写真ですが、
やはりカトリックの南米諸国では大々的に報じられていますね。
http://www.n-girasol.com/chile//pinochet_allende.htm
>1987年4月、ヨハネパウロ2世がチリを訪問
>南米にあって最も保守的なカトリック国であるチリでは教会の発言力は極めて強大である。
>1987年4月、ヨハネパウロ2世ローマ法王がチリを訪問。これは大きな転換点となる。
>チリの教会内部でも思想は統一されていたわけでもない。
>神父の中には、左翼ゲリラの活動を容認し支持する者もおり、ピノチェトは、
>法王がこうした進歩派勢力を批判し、たしなめることを期待した。
>しかし法王自身はピノチェト政権を「独裁」と公言した。また法王は、
>フィリピンのマルコス政権崩壊時に教会が果たした役割―民主化の先導―を、
>チリ教会も遂行すべきと述べた。スラムにも赴き、説教した。
>「正義のために連帯を。教会は行動を起こさなければならない。それは神の思し召しだ」
>「すべてのチリ国民に、等しく、政治と司法の権利と、自由で活発な参加を」
>ピノチェトからすれば内政干渉にも等しい法王の発言は、民主化勢力の主張に正当性を与えた。
ヨハネパウロ2世、で真っ先に思い浮かぶのが↑で17年ぶりのチリ民政移管(90年)の
大きな流れを作ったことです。
80年代後半のチリ軍政末期、当時はインターネットもなく私は日本の新聞を頼りに地球の反対側の
チリの軍政から民政への転換を興味を持って見ていました。(当時の新聞スクラップは保管して
あります)元々チリという国に関心をもったのがこの「軍政」なのですが、ヨハネパウロ2世の
役割は実に大きなものがありました。ピノチェト軍政を暗に批判する演説に後ろで聴いていた
軍政幹部達は動揺を隠せなかったとか。
http://www.clarin.com/suplementos/especiales/2005/04/03/l-950061.htm
1979年の隣国チリとのフエゴ島での国境紛争「ビーグル海峡事件」で仲介の特使を派遣したり、
英国との領土紛争「マルビーナス紛争(フォークランド紛争)」の時には自らアルゼンチンを
訪れ平和の為のミサを主宰したことは初めて知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050403-00000113-yom-soci
>広島で歴史的アピール…法王に惜別のミサ、祈る信者
>世界中で平和の大切さを説き、1981年には被爆地・広島と長崎を訪問した
>ローマ法王ヨハネ・パウロ2世。
なんと日本にも来て広島・長崎の原爆犠牲者の冥福を祈ってくれたのですか・・。
この時の来日前に寸暇を惜しんで日本語を学ばれ、それも意味を把握し
棒読みにならぬように演説し日本の聴衆を感動させたとか。
その法王の博愛の気高い精神に比べたら「原爆マンセー!」と叫んで悦に入る鮮人どもは
まさにその対極のサタンですね、おいッ、”38年童貞サタン”のシブ小鮮奴よ、
サタンのくせに↓のような言葉を吐くでないッ!汚らわしいわッ!
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2005/ 4/ 3 21:02
投稿者: shibural7 (男性/海外、静かな朝の国、高麗)
ビバ、パパ
これは メッセージ 1 (shibural7 さん)への返信です.
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