>北条時頼と同世代
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2005/01/10 16:24 投稿番号: [2647 / 6946]
>この理由は、モンゴル帝国が宗教的に寛容だったのに比べ、
>スウェーデン軍やチュートン騎士団はカトリック勢力を代表しており、
>ロシアの宗教的なアイデンティティを滅ぼしかねないと
>ネフスキーが考えたから、とされています。
こんな話を思い出しました。
12世紀、アフリカ北部、中東、中央アジアのイスラム勢力に悩まされていた
ヨーロッパのキリスト教の国々は「”東方にいるキリスト教徒の王”プレスター・ヨハネが現れて
東方からヨーロッパ・キリスト教国と力を合わせてイスラム勢力を挟み撃ちにしてエルサレムを
奪回してくれる」という伝説の人物?を信じていたそうですが、その”プレスター・ヨハネ”
なる人物は実在した耶律大石(ヤリュー・ターシ)のことだといわれています。
この人物は中国・華北にあった契丹国の王族であり、やはり華北に興った金国に契丹国が
滅ぼされた時に西に逃げ、西遼国を立てています(1132年)。
でジンギス汗の蒙古軍団が中央アジアのホラズム王国(イスラム教国)を滅ぼした時に
(1219年)ヨーロッパ諸国では”プレスター・ヨハネ”伝説が再び蘇りジンギス汗のことを
「プレスター・ヨハネの子」「キリスト教の僧侶にして王なるダビデ」とまで呼んだそうです。
しかし1241年、その”プレスター・ヨハネ”伝説は無残に消え去りました。
”東方にいるキリスト教徒の王”の孫バトゥの軍隊が東ヨーロッパに侵入、ワールシュタットで
ヨーロッパ軍(ポーランド・ドイツ騎士団)を撃破したからです。
ヨーロッパのキリスト教徒が夢見た”イスラム勢力を
挟み撃ちにしてエルサレムを奪回”妄想は消え去ったのでした。
当時の蒙古軍団の精強さは欧州軍の比ではありませんでした。人類史上、東洋人が西洋人と
堂々渡りあって勝利を収めたのは当時の蒙古と近代の日本(今年は日露戦争戦勝100周年、
ウリナラ、マンセー!!)ぐらいですね。
16世紀にフィリピンでマゼランの艦隊が現地の酋長ラプラプと戦って敗北(マゼラン戦死)
した例がありますが、ラプラプ軍の兵力が圧倒的に多かったことを考えるとマンセー!!と
いえる勝利ではありません。
また19世紀後半にベトナムで義勇軍を率いて活躍した中国人劉永福はフランス軍相手に
何度か勝利を収めていますが、兵力に差があったり待ち伏せ攻撃が多かったりで
素直にマンセー!!といえる勝利かは疑問です。
ベトナム戦争も勝利には違いありませんが、強いて言えば自国領土での防衛戦、
相手の策源地に攻め入って堂々と雌雄を決しての勝利・・かは疑問です。
口を開けば「ウリナラの歴史は半万年ニダ!」と自慢?する”ウリナラ、マンセー!!”国は
・・・・あっ、”半万年、他民族に屈従しっぱなし”だったニダ、
このテの話題はタブーだったニダ、ウリは配慮が足りなかったニダ、反省シル!
--------------------
俺の生きの目的ははあれの念願で身体まで震えてるよ。チンポを女性の肌に触らせたくて息が詰まるよ。お前は何か他に緊急特別説明し切れない高尚な思い出もござる? 猿!
>スウェーデン軍やチュートン騎士団はカトリック勢力を代表しており、
>ロシアの宗教的なアイデンティティを滅ぼしかねないと
>ネフスキーが考えたから、とされています。
こんな話を思い出しました。
12世紀、アフリカ北部、中東、中央アジアのイスラム勢力に悩まされていた
ヨーロッパのキリスト教の国々は「”東方にいるキリスト教徒の王”プレスター・ヨハネが現れて
東方からヨーロッパ・キリスト教国と力を合わせてイスラム勢力を挟み撃ちにしてエルサレムを
奪回してくれる」という伝説の人物?を信じていたそうですが、その”プレスター・ヨハネ”
なる人物は実在した耶律大石(ヤリュー・ターシ)のことだといわれています。
この人物は中国・華北にあった契丹国の王族であり、やはり華北に興った金国に契丹国が
滅ぼされた時に西に逃げ、西遼国を立てています(1132年)。
でジンギス汗の蒙古軍団が中央アジアのホラズム王国(イスラム教国)を滅ぼした時に
(1219年)ヨーロッパ諸国では”プレスター・ヨハネ”伝説が再び蘇りジンギス汗のことを
「プレスター・ヨハネの子」「キリスト教の僧侶にして王なるダビデ」とまで呼んだそうです。
しかし1241年、その”プレスター・ヨハネ”伝説は無残に消え去りました。
”東方にいるキリスト教徒の王”の孫バトゥの軍隊が東ヨーロッパに侵入、ワールシュタットで
ヨーロッパ軍(ポーランド・ドイツ騎士団)を撃破したからです。
ヨーロッパのキリスト教徒が夢見た”イスラム勢力を
挟み撃ちにしてエルサレムを奪回”妄想は消え去ったのでした。
当時の蒙古軍団の精強さは欧州軍の比ではありませんでした。人類史上、東洋人が西洋人と
堂々渡りあって勝利を収めたのは当時の蒙古と近代の日本(今年は日露戦争戦勝100周年、
ウリナラ、マンセー!!)ぐらいですね。
16世紀にフィリピンでマゼランの艦隊が現地の酋長ラプラプと戦って敗北(マゼラン戦死)
した例がありますが、ラプラプ軍の兵力が圧倒的に多かったことを考えるとマンセー!!と
いえる勝利ではありません。
また19世紀後半にベトナムで義勇軍を率いて活躍した中国人劉永福はフランス軍相手に
何度か勝利を収めていますが、兵力に差があったり待ち伏せ攻撃が多かったりで
素直にマンセー!!といえる勝利かは疑問です。
ベトナム戦争も勝利には違いありませんが、強いて言えば自国領土での防衛戦、
相手の策源地に攻め入って堂々と雌雄を決しての勝利・・かは疑問です。
口を開けば「ウリナラの歴史は半万年ニダ!」と自慢?する”ウリナラ、マンセー!!”国は
・・・・あっ、”半万年、他民族に屈従しっぱなし”だったニダ、
このテの話題はタブーだったニダ、ウリは配慮が足りなかったニダ、反省シル!
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俺の生きの目的ははあれの念願で身体まで震えてるよ。チンポを女性の肌に触らせたくて息が詰まるよ。お前は何か他に緊急特別説明し切れない高尚な思い出もござる? 猿!
これは メッセージ 2638 (gades_pluton_1930 さん)への返信です.
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