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日露戦争とアルゼンチン②

投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2004/12/05 23:11 投稿番号: [2529 / 6946]
日露戦争の話題のついでに日露戦争で騎兵大尉として活躍、功五級金鵄章を授与され、
戦争後に陸軍大学で学び2番の成績で卒業(1番は後の陸軍大臣、荒木貞夫)した人が
軍籍を離れてアルゼンチンに渡航(1909年)し酪農家をしていた話を・・・。

その人は小松慶也(長野県出身)、軍籍を離れて家族(妻・長男)と共にアルゼンチンを
目指した理由は定かではないそうですが、①上官との意見の相違②連隊長の妻との失恋の
痛みからできるだけ遠いアルゼンチンを選んだ、との二つの説があります。
↓の投稿で書いた伊藤清蔵博士の経営していたアルゼンチンの牧場で1年働いたあと、
(伊藤博士の"富士牧場”はブエノスアイレス州ボリーバル市にあった)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=1866
妻の親戚にあたる後藤新平(内相、外相、東京市長を歴任)や松岡均平(元・満鉄総裁)から
資金援助を受け、ブエノスアイレス州パステウル市に土地を借り「小松牧場」と名づけ、
1913年から酪農業を開始したそうです。
当初は牛乳を乳製品工場に売っていましたが、1927年からはみずからチーズの製造を始め、
このチーズは「非常に品質がよいのでコマツのケソ(quezo、チーズ)といえば市場でも信用が
あるため得意をみつけることに苦労しないらしく、製品は次々とはけていく」という有様でした。
彼は1939年に亡くなりますが、事業は未亡人と子供達によって継承され、戦後も続いていたようです。
(現在も「コマツ牧場」が存在するかはわかりませんが)

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投稿者: the_life_of_emile_zola (男性/静かな朝の国、高句麗)
猿島国内で起こる同類の犯罪被害者が韓国内の猿被害者より比較的に比率的に少ないとのデータを出さない限り話しにならん有り得る範囲内の単発型事件に過ぎないのだ。文句ある?狡猾猿!

お前が来たら、私に遭遇したら死亡確実だね。
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