まあ、気持ちわ分かるが
投稿者: Ryojin_boku 投稿日時: 2003/11/23 18:12 投稿番号: [3222 / 6473]
http://www.idj.co.jp/beginner/0602.html
ODAはいつから始まったか
(2)日本が二つの顔を持った時代2
具体的には、1954年に「コロンボ・プラン」に加盟し、技術協力を開始したのが始まりです。コロンボ・プランとは、50年にセイロン(現スリランカ)で開かれた英連邦外相会議で発足した国際協力機関で、南・東南アジアの経済・社会開発を促進することを目的に設立されました。現在でも同国のコロンボに事務所を構え、活動を行っています。日本はまず16人の研修員受入れ、28人の専門家派遣から援助をスタートしたのです。
その一方で、当時日本は大口の援助受け取り国でもありました。終戦直後には、46年から米国、カナダなどによって送られた「ララ物資」をはじめ、46年から51年までは、米国政府による「ガリオア(占領地域救済政府基金)・エロア(占領地域経済復興基金)」などの緊急・復興援助を受けました。そのほか、UNICEF、WHOなどからも支援を受け、日本が援助を始める前年の53年には、火力発電所建設のために世界銀行から初めて借款も受けているのです。
それ以来、日本は東海道新幹線、東名・名神高速道路、黒四ダム建設など、主にインフラ整備のために世界銀行から多額のお金を借りました。日本がその借款の返済を終えたのが何と90年。日本がトップ・ドナー国と呼ばれるようになった時期です。この間約35年、日本は援助国であり、また被援助国でもあったわけです。
これは メッセージ 3220 (odango123 さん)への返信です.
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