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投稿者: sonohen_no_ojisan 投稿日時: 2003/06/10 22:42 投稿番号: [1744 / 6473]
閑人のために。
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瞑想的生活の評価がさがってきたしるしとして、学者達は今では一種のせかせかした楽しみを求めて活動家と張り合い、それでしたがってこのたのしみ方を、本来彼らに属しているような、そして事実はるかに多くのたのしみともなるようなやり方よりも高く評価しているかにみえる。学者達は閑暇を恥じる。しかし閑暇や無為は高貴なものだ。
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無為が実際あらゆる悪徳のはじめであるならば、したがってそれはすくなくともあらゆる美徳のすぐ近くにあることとなる、暇な人間はいつも活動家よりもまだましな人間である。
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だが、わたしが閑暇や無為ということで、諸君をさしているとはまさか思うまいね、怠け者の諸君?―
さて、だれだったかな。。
これは メッセージ 1 (ryojin_boku_2nd さん)への返信です.
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