概念が混同している愛国中国人
投稿者: kyjhut_hgreder25 投稿日時: 2011/12/01 12:05 投稿番号: [351 / 516]
米国の大統領を批判した人がいたとしても、その人が米国を愛していないと攻撃する人はいない。米国の共和党を批判する人がいたとしても、その人が米国民を愛していないと攻撃する人はない。政権与党に反対しても、単に米国の政府に反対することには等しくなく、ホワイトハウスの前にせよ海外にせよ、米国政府に抗議したアメリカ人が米国を愛していないとか、もしくは米国に恥をかかせたとか思われたりしない。どれかの政党に反対しても、「国家転覆を扇動する罪」に問われることもない。
しかし、誰かが中国の暗黒な現実を批判して共産党を非難すると、多くの中国人から「あなたはそれでも中国人なのか」と罵声を浴びる。海外で共産党の高官に対して抗議をすると、同じく「中国人に恥をかかせた」と華人の多くに罵倒される。外国の政治家が中国共産党を批判する時、共産党は立ち上がって反論して、民衆も共産党に追随する。民衆の怒りは本心から出たものである。誰かが中国共産党の悪行を暴露すると、この人に恥をかけられた、この人が暴露した中国共産党の醜聞のため中国人は外国人に軽蔑される、と思う中国人がいる。しかし、外国人は決してこう思わない。中国人の独断政権の醜悪を暴き出す勇気と良心は、かえって外国人に感心される。それでは、どうして中国人自身は「羞恥妄想症」にかかるのだろうか。彼らは共産党と政府、党と国、党と民族の概念を混同したため、自分を中国共産党の一部だと思っているからだ。多くの中国人は中国を愛することを「中国共産党を愛する」ことに等しいと思って、中国共産党を批判することを中国を批判すること、反共産党を反中活動、中国人を裏切る行為と等しいと思っている。
中国共産党の指導者が外国を訪問する時、彼を待ち受けて抗議する人もいれば、共産党が集めてきた(歓迎する人)もいる。しかし歓迎する人たちはほとんど指導者に会えることがない。それではどうして歓迎に来るのだろうか。 歓迎するのは本当の目的でない、もともと指導者に会えないことを覚悟している、来た目的は抗議陣に対抗するためなのである。
歓迎陣は愛国心のために抗議陣と対抗すると言うが、指導者に迫害を受ける人民の本音を聞かせないと共産党はどうやって間違いを直せるのだろうか。間違いを直さずに民衆を引き続き迫害すると、国にとって災難ではないだろうか。 このようにするといったい国を愛することになるのか、それとも国を害することになるのか。はっきり言うと、歓迎陣は中国の威厳を守っているとおもうが、実は共産党の面子を守っているだけである。
正常な社会では、国民が政府を支持するには特別な表現はなく、ただ選挙結果だけがすべてだ。それとは逆に、政府に対する不満を表現する。政府が良いことをするのは無論のこと、それは権限の範囲内で、できなかったら再選されることがあるだろうか。逆にきちんと責任を果たせない政府は、政権の座を降りて、有能なものと交替されなくてはならない。そのため日本の首相が外国を訪問する時、在外の大使館が歓迎陣を集めてそれを歓迎することは決してありえない。首相も国民に選挙された指導者としての自信があり、このような「歓迎」を使って自分の権力の合法性を証明する必要がない。共産党がこのような「歓迎」をするのは、まさしく中国共産党政権の合法性を偽造するためだと、共産党自身も歓迎陣も気づかないだろう。
党と国を区別しない考え方は、中国共産党によって故意に作り出されたものだ。数十年の基礎しか持たないヨーロッパからの舶来品だと知っているため、中国共産党は有力な後ろ盾に頼る必要がある。中国人の愛国心を利用して、共産党は数十年来ずっと愛国者、中華民族の利益の代表と自称して国民を騙している。またいつも「党を愛して国を愛する」、「反共産党、反人民」、「反共産党は反政府」のように「党」を「国家」、「人民」、「政府」とつなげて使用して、党と国の間の概念を混乱させてきた。
しかし、誰かが中国の暗黒な現実を批判して共産党を非難すると、多くの中国人から「あなたはそれでも中国人なのか」と罵声を浴びる。海外で共産党の高官に対して抗議をすると、同じく「中国人に恥をかかせた」と華人の多くに罵倒される。外国の政治家が中国共産党を批判する時、共産党は立ち上がって反論して、民衆も共産党に追随する。民衆の怒りは本心から出たものである。誰かが中国共産党の悪行を暴露すると、この人に恥をかけられた、この人が暴露した中国共産党の醜聞のため中国人は外国人に軽蔑される、と思う中国人がいる。しかし、外国人は決してこう思わない。中国人の独断政権の醜悪を暴き出す勇気と良心は、かえって外国人に感心される。それでは、どうして中国人自身は「羞恥妄想症」にかかるのだろうか。彼らは共産党と政府、党と国、党と民族の概念を混同したため、自分を中国共産党の一部だと思っているからだ。多くの中国人は中国を愛することを「中国共産党を愛する」ことに等しいと思って、中国共産党を批判することを中国を批判すること、反共産党を反中活動、中国人を裏切る行為と等しいと思っている。
中国共産党の指導者が外国を訪問する時、彼を待ち受けて抗議する人もいれば、共産党が集めてきた(歓迎する人)もいる。しかし歓迎する人たちはほとんど指導者に会えることがない。それではどうして歓迎に来るのだろうか。 歓迎するのは本当の目的でない、もともと指導者に会えないことを覚悟している、来た目的は抗議陣に対抗するためなのである。
歓迎陣は愛国心のために抗議陣と対抗すると言うが、指導者に迫害を受ける人民の本音を聞かせないと共産党はどうやって間違いを直せるのだろうか。間違いを直さずに民衆を引き続き迫害すると、国にとって災難ではないだろうか。 このようにするといったい国を愛することになるのか、それとも国を害することになるのか。はっきり言うと、歓迎陣は中国の威厳を守っているとおもうが、実は共産党の面子を守っているだけである。
正常な社会では、国民が政府を支持するには特別な表現はなく、ただ選挙結果だけがすべてだ。それとは逆に、政府に対する不満を表現する。政府が良いことをするのは無論のこと、それは権限の範囲内で、できなかったら再選されることがあるだろうか。逆にきちんと責任を果たせない政府は、政権の座を降りて、有能なものと交替されなくてはならない。そのため日本の首相が外国を訪問する時、在外の大使館が歓迎陣を集めてそれを歓迎することは決してありえない。首相も国民に選挙された指導者としての自信があり、このような「歓迎」を使って自分の権力の合法性を証明する必要がない。共産党がこのような「歓迎」をするのは、まさしく中国共産党政権の合法性を偽造するためだと、共産党自身も歓迎陣も気づかないだろう。
党と国を区別しない考え方は、中国共産党によって故意に作り出されたものだ。数十年の基礎しか持たないヨーロッパからの舶来品だと知っているため、中国共産党は有力な後ろ盾に頼る必要がある。中国人の愛国心を利用して、共産党は数十年来ずっと愛国者、中華民族の利益の代表と自称して国民を騙している。またいつも「党を愛して国を愛する」、「反共産党、反人民」、「反共産党は反政府」のように「党」を「国家」、「人民」、「政府」とつなげて使用して、党と国の間の概念を混乱させてきた。
これは メッセージ 1 (fkp_jj さん)への返信です.
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