<高橋克也容疑者>新聞配達仕事ではない?
投稿者: obaka_obakachan 投稿日時: 2012/06/16 10:49 投稿番号: [553 / 619]
<高橋克也容疑者>キャリーバッグに松本死刑囚の本も
地下鉄サリン事件などの殺人容疑で警視庁に逮捕されたオウム真理教の元信者、高橋克也容疑者(54)が、松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(57)の著書を所持しながら逃走していたことが、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は、高橋容疑者がいまだに教団への信仰を持ち続けている可能性もあるとみている。所持していた逃走資金約470万円について組織的な支援の有無を追及する。
高橋容疑者は「報道に追い詰められた。連日、新聞やテレビのニュースを見ていて、続報が続くので逃げられないと思った」と供述しているという。高橋容疑者を追い詰めたのは市民からの情報提供で、14日までに全国から1700件が集まり、今回の逮捕劇も市民からの情報提供がきっかけだった。
高橋容疑者が持っていたのは松本死刑囚が書いた「イニシエーション」「マハーヤーナ・スートラ」など十数冊の教団本。高橋容疑者が「逃走中、JR鶴見駅(横浜市鶴見区)のコインロッカーに預けた」と供述した通りに見つかったキャリーバッグの中にあった。 松本死刑囚の本以外にも宗教や精神世界に関する本が10冊以上あった。同じ特別手配の菊地直子容疑者(40)や平田信被告(47)の所持品からは教団本は見つかっておらず、高橋容疑者との違いが際立つ。地下鉄サリン事件については「幹部の指示でやりました」などと供述している。
警視庁によると、「(96年に埼玉県所沢市のアジトを脱走してから)教団から金はもらっていない。所持していた現金は自分で稼いでためた」と供述し、教団との関係は否定している。
また、「(発見された漫画喫茶には)2日連続で来ていた。今月4日以降、横浜市鶴見区周辺で潜伏していたが、最近は大森(東京都大田区)や蒲田(同)の個室ビデオ店にも滞在するようになった」と供述している。
逃走中は「吉田新一」の偽名を使い、バッグや眼鏡を買い替えていた。「所持金は470万円ぐらい」と説明しており、持っていたビジネスバッグには現金198万円と、逃走当日に金融機関で引き出した帯封付きの238万円が入っていた。
高橋容疑者は川崎市に潜伏していた時は、実在の人物になりすましたうえで「櫻井」の偽名を使っていたが、「吉田」は架空の人物の名前をかたっていた。
17年に及ぶ逃亡生活については「いろいろな思いがあって一言では言い表せない」と振り返り、「世間を騒がせたのは間違いなく、不徳の致すところ」と供述している
地下鉄サリン事件などの殺人容疑で警視庁に逮捕されたオウム真理教の元信者、高橋克也容疑者(54)が、松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(57)の著書を所持しながら逃走していたことが、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は、高橋容疑者がいまだに教団への信仰を持ち続けている可能性もあるとみている。所持していた逃走資金約470万円について組織的な支援の有無を追及する。
高橋容疑者は「報道に追い詰められた。連日、新聞やテレビのニュースを見ていて、続報が続くので逃げられないと思った」と供述しているという。高橋容疑者を追い詰めたのは市民からの情報提供で、14日までに全国から1700件が集まり、今回の逮捕劇も市民からの情報提供がきっかけだった。
高橋容疑者が持っていたのは松本死刑囚が書いた「イニシエーション」「マハーヤーナ・スートラ」など十数冊の教団本。高橋容疑者が「逃走中、JR鶴見駅(横浜市鶴見区)のコインロッカーに預けた」と供述した通りに見つかったキャリーバッグの中にあった。 松本死刑囚の本以外にも宗教や精神世界に関する本が10冊以上あった。同じ特別手配の菊地直子容疑者(40)や平田信被告(47)の所持品からは教団本は見つかっておらず、高橋容疑者との違いが際立つ。地下鉄サリン事件については「幹部の指示でやりました」などと供述している。
警視庁によると、「(96年に埼玉県所沢市のアジトを脱走してから)教団から金はもらっていない。所持していた現金は自分で稼いでためた」と供述し、教団との関係は否定している。
また、「(発見された漫画喫茶には)2日連続で来ていた。今月4日以降、横浜市鶴見区周辺で潜伏していたが、最近は大森(東京都大田区)や蒲田(同)の個室ビデオ店にも滞在するようになった」と供述している。
逃走中は「吉田新一」の偽名を使い、バッグや眼鏡を買い替えていた。「所持金は470万円ぐらい」と説明しており、持っていたビジネスバッグには現金198万円と、逃走当日に金融機関で引き出した帯封付きの238万円が入っていた。
高橋容疑者は川崎市に潜伏していた時は、実在の人物になりすましたうえで「櫻井」の偽名を使っていたが、「吉田」は架空の人物の名前をかたっていた。
17年に及ぶ逃亡生活については「いろいろな思いがあって一言では言い表せない」と振り返り、「世間を騒がせたのは間違いなく、不徳の致すところ」と供述している
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