被災地の声
投稿者: ponpokgz 投稿日時: 2011/08/21 08:22 投稿番号: [863 / 987]
今回のような震災が起きると、1カ月、半年、1年とそのたびに「節目」といっては、大きく取り上げる。当然それに合わせて取材を行う。震災の発生から5カ月と、初めてのお盆を迎えるにあたり、改めて家族や同僚らを失った被災者の心情を聞き、節目とは何だろうかと考えさせられた。
患者や職員が犠牲になったある病院の看護師長に言われた。「忘れかけると、あなた方が節目だといって取材に来るので、また思い出される」。同じ病院の院長は「お盆だからといって、節目ということはない。おそらく来年の3月11日になれば、1年前だったと思うだろうけど…」と話した。
節目の報道が震災の惨事を忘れないために、後世に教訓を引き継ぐために必要であることは理解している。追悼行事などで同じような境遇にある人が、同じ時間を共有することで、安らぎを得られることもあるだろう。
ただ、1カ月、1年はカレンダーをめくれば無機質に過ぎていく。節目はあくまでも無機質に設定されたものであって、それを被災者に押しつけていいものか。ましてや痛みを蒸し返したり、心情に変化を求めたりしていいほど、人の心は無機質ではない。
今月11日、宮城県気仙沼市で金物店を経営していた両親を亡くしたという男性(62)に話を聞いている最中、地震発生の午後2時46分を迎え、サイレンが鳴り響いた。黙祷(もくとう)し、手を合わせるだろうと思い、話を中断したが、男性は店舗の片づけを続けた。
男性は「店の時計は午後3時33分で止まっている。それが津波が押し寄せ、父と母が亡くなった時間だから、自分にとっての震災は3時33分。黙祷をするときは、遅れて1人でやっている」と、理由を打ち明けてくれた。
地震発生時、男性は両親と一緒に店内にいた。2階に避難するよう促したが、両親に「津波が来てから逃げる」と言われ、強引に避難させることはしなかった。そして、両親を失い、自分だけが生き延びた。だから、津波の到達時間が男性の戒めであり、節目ということなのだろう。
節目と同じような言葉で、「区切り」がある。
同じ気仙沼市の男性は震災直後は何も考えられなかったが、1カ月ほど前からようやく少し先のことが考えられるようになったと言った。両親の葬儀は6月に済ませている。おそらく何か節目があったわけではない。一日一日を必死に生きる中で、自分なりに区切りをつけたということだ。
お盆に合わせた同僚記者の記事を読むと、内心はそうではないかもしれないが、家族の葬儀や死亡が確認された日を区切りとしている人がいる。行方不明のままで、いまだに心の整理がつかない人も当然いる。
取材記者である限り、震災にはずっとかかわり続ける。節目ではなく、区切りに寄り添うような取材を大切にしたい。(東北総局 伊藤真呂武)
患者や職員が犠牲になったある病院の看護師長に言われた。「忘れかけると、あなた方が節目だといって取材に来るので、また思い出される」。同じ病院の院長は「お盆だからといって、節目ということはない。おそらく来年の3月11日になれば、1年前だったと思うだろうけど…」と話した。
節目の報道が震災の惨事を忘れないために、後世に教訓を引き継ぐために必要であることは理解している。追悼行事などで同じような境遇にある人が、同じ時間を共有することで、安らぎを得られることもあるだろう。
ただ、1カ月、1年はカレンダーをめくれば無機質に過ぎていく。節目はあくまでも無機質に設定されたものであって、それを被災者に押しつけていいものか。ましてや痛みを蒸し返したり、心情に変化を求めたりしていいほど、人の心は無機質ではない。
今月11日、宮城県気仙沼市で金物店を経営していた両親を亡くしたという男性(62)に話を聞いている最中、地震発生の午後2時46分を迎え、サイレンが鳴り響いた。黙祷(もくとう)し、手を合わせるだろうと思い、話を中断したが、男性は店舗の片づけを続けた。
男性は「店の時計は午後3時33分で止まっている。それが津波が押し寄せ、父と母が亡くなった時間だから、自分にとっての震災は3時33分。黙祷をするときは、遅れて1人でやっている」と、理由を打ち明けてくれた。
地震発生時、男性は両親と一緒に店内にいた。2階に避難するよう促したが、両親に「津波が来てから逃げる」と言われ、強引に避難させることはしなかった。そして、両親を失い、自分だけが生き延びた。だから、津波の到達時間が男性の戒めであり、節目ということなのだろう。
節目と同じような言葉で、「区切り」がある。
同じ気仙沼市の男性は震災直後は何も考えられなかったが、1カ月ほど前からようやく少し先のことが考えられるようになったと言った。両親の葬儀は6月に済ませている。おそらく何か節目があったわけではない。一日一日を必死に生きる中で、自分なりに区切りをつけたということだ。
お盆に合わせた同僚記者の記事を読むと、内心はそうではないかもしれないが、家族の葬儀や死亡が確認された日を区切りとしている人がいる。行方不明のままで、いまだに心の整理がつかない人も当然いる。
取材記者である限り、震災にはずっとかかわり続ける。節目ではなく、区切りに寄り添うような取材を大切にしたい。(東北総局 伊藤真呂武)
これは メッセージ 861 (the_supar_aikokusya さん)への返信です.
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