常識として
投稿者: gtyh0217 投稿日時: 2010/09/04 19:46 投稿番号: [140 / 987]
俺のような偏屈者なぞ置いといて、大いに異国間交流をするも良かろう。
だが、常識として知らなければならないこともある。
あまり気の進まないテーマだが、大切な事なので触れておきたい。
以前にも言った幇と言う概念だ。
開口一番で恐縮だが、一説には孔子も人食を好んだ(孔子一個人については、黄文雄も決定的には指摘できていないのも事実だが)と言うエピソードをも含む、文字通り「敵は殺して喰うもの」が当たり前な幇の思想と言うものが支那の潜在意識に根深く蔓延っているのは、日本人にはそもそも感情レベルから根本的に相容れないもので理解不能なものである。
これが、日本人が普通に支那に対して全般的に何とも形容し難い違和感を覚える根本にある。
古の支那の戦では撃破した敵兵の死肉を食料として更に行軍するのが当たり前だったのだ。
その他にも支那、特にも中共由来のおぞましい実態は検索すればいくらでも吐き気がするほど出てくる。
支那にとって死体は単なる物でしかない。先の四川の地震の折日本の救助隊が遺体に敬礼する映像が支那人民に衝撃を与えた事が、逆に日本に興味深く報道された。支那で公開された「おくりびと」の衝撃もしかりだ。
どんな悪者に対しても死ねば「仏の悪口は言うもんじゃない」と窘められて育った死者に敬意を払う事が当たり前の日本人には不思議な事なのだ。
(この事は、日中戦争時の非戦闘員を含む日本人、非共産党支那人戦死者に対する非道な行いの痕跡からの考察にも深くリンクする。死者に対する敬意と言う概念がそもそも無い支那は、遺体に対して更に止むことの無い冒涜を続ける習性がある。)
幇の概念では、自分の帰属する組織とそれ以外を明確に分けて考え得る。
その程度は千差万別だろうが、基本的に支那には自分らの仲間以外は搾取の対象としか見ない潜在意識の存在を否定できないのだ。
この点を心して、友好に勤しむならそれもいいだろう。
言うまでも無い事だが、危機管理とはどこの国にでもいるだろう「良い人」を対象にしていては話にならないのだから。
しかし、「支那は全て屑」と言う身にはどうかと思うが、例えばキャタピラに潰された民主化を唱え真に国を想う気高い志を持った青年諸氏が現実に存在した事も事実だ。無数の地獄の粛清の対象者の中にも同種の人物が数多いただろう。
彼らは支那が存在する限り(恐らく人類滅亡の前日まで確実に存在するだろうが)例えば日本に於ける龍馬と同じく、永遠に国民的尊敬の対象となる資格を有する領域に棲む。
にもかかわらず、中共がこの世に存在する限り彼らが「糞」扱いなのは涙なくしては語れない。まさに慙愧に耐えない‥と思えない「真の糞」が中共ハクチ洗脳で量産されているのはこの板を見ても一目瞭然だ。
だからこれからも敢えてクソ、もとい屑と呼ばせてもらう。
屑諸氏。
長々書いて少々調子づいたが、俺は天安門の有志の万分の一の資質も無い事は勿論の凡人、只三国特に支那・コアは中共を絶対的に敵視するその辺の日本人であることに残念ながら変わることは無い。
それと、俺は自分が思う事を好きに載せてるだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。悪しからず。
だが、常識として知らなければならないこともある。
あまり気の進まないテーマだが、大切な事なので触れておきたい。
以前にも言った幇と言う概念だ。
開口一番で恐縮だが、一説には孔子も人食を好んだ(孔子一個人については、黄文雄も決定的には指摘できていないのも事実だが)と言うエピソードをも含む、文字通り「敵は殺して喰うもの」が当たり前な幇の思想と言うものが支那の潜在意識に根深く蔓延っているのは、日本人にはそもそも感情レベルから根本的に相容れないもので理解不能なものである。
これが、日本人が普通に支那に対して全般的に何とも形容し難い違和感を覚える根本にある。
古の支那の戦では撃破した敵兵の死肉を食料として更に行軍するのが当たり前だったのだ。
その他にも支那、特にも中共由来のおぞましい実態は検索すればいくらでも吐き気がするほど出てくる。
支那にとって死体は単なる物でしかない。先の四川の地震の折日本の救助隊が遺体に敬礼する映像が支那人民に衝撃を与えた事が、逆に日本に興味深く報道された。支那で公開された「おくりびと」の衝撃もしかりだ。
どんな悪者に対しても死ねば「仏の悪口は言うもんじゃない」と窘められて育った死者に敬意を払う事が当たり前の日本人には不思議な事なのだ。
(この事は、日中戦争時の非戦闘員を含む日本人、非共産党支那人戦死者に対する非道な行いの痕跡からの考察にも深くリンクする。死者に対する敬意と言う概念がそもそも無い支那は、遺体に対して更に止むことの無い冒涜を続ける習性がある。)
幇の概念では、自分の帰属する組織とそれ以外を明確に分けて考え得る。
その程度は千差万別だろうが、基本的に支那には自分らの仲間以外は搾取の対象としか見ない潜在意識の存在を否定できないのだ。
この点を心して、友好に勤しむならそれもいいだろう。
言うまでも無い事だが、危機管理とはどこの国にでもいるだろう「良い人」を対象にしていては話にならないのだから。
しかし、「支那は全て屑」と言う身にはどうかと思うが、例えばキャタピラに潰された民主化を唱え真に国を想う気高い志を持った青年諸氏が現実に存在した事も事実だ。無数の地獄の粛清の対象者の中にも同種の人物が数多いただろう。
彼らは支那が存在する限り(恐らく人類滅亡の前日まで確実に存在するだろうが)例えば日本に於ける龍馬と同じく、永遠に国民的尊敬の対象となる資格を有する領域に棲む。
にもかかわらず、中共がこの世に存在する限り彼らが「糞」扱いなのは涙なくしては語れない。まさに慙愧に耐えない‥と思えない「真の糞」が中共ハクチ洗脳で量産されているのはこの板を見ても一目瞭然だ。
だからこれからも敢えてクソ、もとい屑と呼ばせてもらう。
屑諸氏。
長々書いて少々調子づいたが、俺は天安門の有志の万分の一の資質も無い事は勿論の凡人、只三国特に支那・コアは中共を絶対的に敵視するその辺の日本人であることに残念ながら変わることは無い。
それと、俺は自分が思う事を好きに載せてるだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。悪しからず。
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