理解不能、中国
投稿者: ari_babajapan 投稿日時: 2009/04/17 13:35 投稿番号: [83 / 86]
悪夢・蘇る毛沢東の亡霊
北京・天安門広場にある毛沢東主席の肖像画。国民の「毛沢東崇拝」は今も衰えを見せない。
4月4日の清明節、北京の毛主席記念堂に大勢の民衆が慰霊のために訪れた。当日の正午までに、入館者数は「4万人以上に上った」と報じられている。
本来、先祖の墓参りをするための祭日に、数万人の民衆が、先祖でも親族でもない毛沢東の記念堂に押し寄せてくるのは、いかにも異様な光景だ。
3月20日に公表された、「都市部住民の宗教信仰」に関する調査の結果も興味深い。北京や上海などの都市部では、11・5%の一般家庭に毛沢東の像が仏像や先祖の位牌(いはい)と同じように祭られているという。
都会でもこのようだから、農村部はなおさらのことだろう。
死去してから33年目、毛沢東は相変わらず、民にとっての「神」である。
だがこの三十数年間、中国人民は実際にはむしろ、毛沢東が示した方向とは正反対の道を、ひたすら走ってきたはずだ。
改革・開放路線の実施以来、中国は政治的に毛沢東流の「階級闘争路線」と決別し、経済的には毛沢東が警戒する「資本主義の復活」を成し遂げた。この間における一部の中国の超貧困からの脱出は、毛沢東路線から離反した結果でもあるのだ。
それなのに、多くの民衆が依然として、毛沢東を神様のように崇拝しているのはなぜなにか?。
よく考えてみれば、その理由も簡単だ。要するにポスト毛沢東におけるトウ小平改革路線の推進は、あまりにも大きな弊害も生み出したからだ。
改革が進んで市場経済が広がる中、官僚の腐敗が進み、貧富の差が拡大し、労働者が切り捨てられて農村は疲弊した。毛沢東時代にあったはずの公費医療や公費教育が廃れた一方、毛沢東時代にはなかった売春や麻薬、「黒社会」などが復活し、氾濫しているのだ。
これは メッセージ 1 (honn_turi_suki さん)への返信です.
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