日本人と中国人,理解しあうのは不可能
投稿者: uso_ha_ikemasen_ne 投稿日時: 2009/03/05 21:12 投稿番号: [5066 / 11357]
【今日のブログ】日本人と中国人、互いに理解しあうのは不可能?
【コラム】 【この記事に対するコメント】 Y! 2009/03/02(月) 10:08
日本人と中国人。ほぼ同じような外見をしているが、習慣や考え方など、内面的には異なる点は数多い。このブログは日本人と中国人の考え方の差異を例に取り、その差異の根源を考察するものである。以下はそのブログより。
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日本人の友人から、「中国人は日本人の考え方を永遠に理解することは出来ないだろう」と言われたことがある。私はこれは至極当然のことであり、日本人が一生かかっても我々中国人の考え方を理解することは出来ないのと同様であろう。
日本留学生時代、私は中国語教室で日本人に中国語を教えていたことがあった。私が教材に選んだのは小学生用教科書や民間故事であった。ある時、「藍樹葉」という本を教科書として授業を行ったことがあった。
本の大まかな内容としては、「風景画を描くという美術の授業中、一人の生徒が緑の色鉛筆を忘れてきたことに気がついた。そこで、隣にいた女の子に借りようとしたのだが、『まだ使っている』との理由で断られてしまった。女の子が全て描き終わってから、再度貸してくれるよう頼んだのだが、『力を入れて使うな、多くを描くな、鉛筆を削るな』などの要求に嫌気が差し、結局、生徒は自分の青の色鉛筆で樹木を描いた」というものであった。
本の趣旨を要約すれば、「困っている人に助けの手を差し伸べ、人を助けることを喜びとしなければならない」というものであり、授業終了後に生徒たちに本の内容について語り合うよう指示したが、生徒たちは困惑した様子であった。生徒たちの話を聞くと、「緑の色鉛筆を忘れてきた自分が悪いため、色鉛筆を貸さなかったからといって、女の子が悪いわけではない」という意見が聞かれた。
小さな頃から積極的に人に良いことをするよう教育を受けてきた私にとって、色鉛筆を忘れてきた生徒が悪いとは思えない。しかし、出来る限り他人に迷惑をかけないと同時に他人から迷惑をかけられることも望まない日本人にとっては、我々の教育信条が理解できないとしても全く不思議な事ではないのだ。
異なる教育は異なる概念を作り出し、異なる概念は異なる規範を作り出す。日本において、私の頭の中にあった固定観念が大きく揺さぶられる事態が数多く存在したが、これを世間ではカルチャーショックと呼ぶのだろう。
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(出典:誠信兼職网〓BLOG意訳編集担当:畠山栄)
【コラム】 【この記事に対するコメント】 Y! 2009/03/02(月) 10:08
日本人と中国人。ほぼ同じような外見をしているが、習慣や考え方など、内面的には異なる点は数多い。このブログは日本人と中国人の考え方の差異を例に取り、その差異の根源を考察するものである。以下はそのブログより。
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日本人の友人から、「中国人は日本人の考え方を永遠に理解することは出来ないだろう」と言われたことがある。私はこれは至極当然のことであり、日本人が一生かかっても我々中国人の考え方を理解することは出来ないのと同様であろう。
日本留学生時代、私は中国語教室で日本人に中国語を教えていたことがあった。私が教材に選んだのは小学生用教科書や民間故事であった。ある時、「藍樹葉」という本を教科書として授業を行ったことがあった。
本の大まかな内容としては、「風景画を描くという美術の授業中、一人の生徒が緑の色鉛筆を忘れてきたことに気がついた。そこで、隣にいた女の子に借りようとしたのだが、『まだ使っている』との理由で断られてしまった。女の子が全て描き終わってから、再度貸してくれるよう頼んだのだが、『力を入れて使うな、多くを描くな、鉛筆を削るな』などの要求に嫌気が差し、結局、生徒は自分の青の色鉛筆で樹木を描いた」というものであった。
本の趣旨を要約すれば、「困っている人に助けの手を差し伸べ、人を助けることを喜びとしなければならない」というものであり、授業終了後に生徒たちに本の内容について語り合うよう指示したが、生徒たちは困惑した様子であった。生徒たちの話を聞くと、「緑の色鉛筆を忘れてきた自分が悪いため、色鉛筆を貸さなかったからといって、女の子が悪いわけではない」という意見が聞かれた。
小さな頃から積極的に人に良いことをするよう教育を受けてきた私にとって、色鉛筆を忘れてきた生徒が悪いとは思えない。しかし、出来る限り他人に迷惑をかけないと同時に他人から迷惑をかけられることも望まない日本人にとっては、我々の教育信条が理解できないとしても全く不思議な事ではないのだ。
異なる教育は異なる概念を作り出し、異なる概念は異なる規範を作り出す。日本において、私の頭の中にあった固定観念が大きく揺さぶられる事態が数多く存在したが、これを世間ではカルチャーショックと呼ぶのだろう。
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(出典:誠信兼職网〓BLOG意訳編集担当:畠山栄)
これは メッセージ 1 (crj2004818 さん)への返信です.
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