9世紀に中国と縁を切った日本 ②
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/10/13 15:43 投稿番号: [20 / 149]
遣唐使船を廃止した以降の日本は、国風文化の花が開いていきます。独自の表音文字によって女性文学すら書かれるようになって、まさに〝日本文明〟と呼ばれるほどに盛んになっていきます。
しかし支那は異民族に征服されたり、何度も王朝が代わったりで、そのたびに歴史ある文物は焼かれ、知識人たちは虐殺されるということを繰り返し、近代へと突入してしまいました。
千年前の支那と、日清戦争時の支那と、一体どこが違うと言うのでしょうか。そしてその千年間、支那は世界の、いや自分たちの人民の「為に」なる何物を生み出したと言うのでしょうか。
例えば文字。彼らは馬鹿な大衆には駆使できない漢字に固執して表音文字というものを思いつかなかった。それでいて日本には漢字を只で与えたと今でも威張り、奇妙な簡体字で知恵の無さを誤魔化す始末。その辺りを考えてみますと、死後硬直状態の中国文明というものの本質が見えてくるかと思います。
公平な思考力と普遍的な人間性を持つ日本人はいち早く西洋の近代文明を取り入れて発展していきましたが、隣の韓国や支那は「何でも自分が一番」という中華思想に頭脳を狂わされ、先進的な法治国家体制を確立した日本と何度も衝突する事態になりました。
これは メッセージ 16 (freefigh さん)への返信です.
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