<謝らない>中国人

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Re: <謝らない>中国人

投稿者: sinjitu_no_tuikyuu 投稿日時: 2009/09/01 06:05 投稿番号: [8 / 14]
中国人はまず謝らない。ごめんなさい、という言葉を聞くことはまずない。
この理由が面子である。面子を守るためには、謝ることも間違いを認めることも"許されない"のだ。中国では面子を守ることのできない人間は、生きていくことができない。

面子 ― これは中国人の心を考える上で欠かせない概念である。
面子とは何か。まず、面子に似た関連する言葉を挙げてみる。顔、名目、形式などであろう。いずれも、中身ではなく表面であること、外から分かることであることだ。自分が他人からどう見られるかを重んずる。

なぜ表面に過ぎない面子を守らなければならないのか。
それは面子を失うことは、その人の力を失うことを意味するからだ。

中国人が警察官に従うのは、警察官であるその個人に権力があるからである。だから、もしもその力がなければ従わないのだ。実際に使える力のない名前だけの形式は一顧だにされない。

だから、面子を犯す行為に対しては徹底して反撃する。中世の中国、あるお役人が女性をくどき、ふられたとき、その女性を逮捕したという。そして、それで面子が保たれたのである。もし逮捕しなければ、役人なのに力がないと見なされ、その支配下の人々が指示に従わなくなるからである。汚職で蓄財に走る役人も根底には人々から羨ましがられるだけの外面が欲しいからなのだ。

戦国の四君の一人孟嘗君は、自分を笑った人のいた村を皆殺しにした。
函谷関から斉に帰る途中の村で、チビだと馬鹿にされた事を怒り、村人を皆殺しにしたのだ。面子を保つためである。

あるいは、皇帝の綸言は汗の如しという。皇帝は間違った発言でも訂正できず、それを実行しなければならないのだ。発言という形式を、力で支えなければならないのだ。

名と実の乖離、この問題は中国を数千年に渡り苦しめてきた。古来より続く問題である。そのため、孔子は"名を正す"ことを述べた。名そのものに力を持たせようとしたのである。

古代の皇帝は、交替するとき禅譲ということが行われた。力を失い追い落とされる皇帝の面子を護るため、奪われたのではなく、譲ったという形式を整えたのである。

中国ではなぜ形式に力がないのか?形式に力を与えるのは、社会にある共通意識である。皆がその名や形式に力があると認識することで生まれるのだ。
社会全体に法律に対する遵法意識が浸透したとき、中国は変わることができるだろう。中国人がソクラテスの死に方を理解するのはいつだろうか?
永遠に理解できないかも知れない。
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