Re: 言葉は難しい
投稿者: yen4026 投稿日時: 2006/02/27 11:41 投稿番号: [332 / 1660]
>>言葉はむずかしいですね。
そうだね。特に私みたいきちんと勉強してない人は難しいです。心配かけてすみません。
>>yenさん、わたしは恋愛結婚ですが、子供は自閉症です。
自閉症に関して私はあまり分らないですが、病気だけと思っています。違う?
でも、私は言ったの変な子供の意味は病気の事ではなく、本当の普通の子で生まれのに、家庭の不幸で変な性格になった子供です。
私は子供時、自閉症なし、変な子供でした。親はいつも喧嘩する、喧嘩と言うより、ママがいつもパパに怒られてる、やられる、負傷されるでした、その時、私はいつも体を震えって怖くて泣いてた。どうやってママを助ける、頭の中は一杯でした、必死でした。
私もパパによくやられた、所が、私自身が殴れる時に全然怖くなかった、痛さも感じなかった、心の中に恨みだけで一杯でした、いつかお返し時が必ず来ると思いまして、我慢してました、でも、我慢できないときも有る、そんなに嫌われるなら、消えばいいでしょう?と思いました、、、何度も何度も自殺しようと思いました、パパと一緒にこの世界から消えるほうがいいとか、いろいろな暗い、怖い考えがありました。
笑い話だけと、一回、パパにやられる前に強気で言った:パパ、待って、メモを持ってくる、記録しないと、将来どのくらい返すが分らないからですよ。。。。。。。そのメモは何日、何回、どうなに殴られる、一々メモしてました。その話を聞いたパパの目は怖かった、それで私は嬉しかった。
私の人生は常に目の前、敵が立て居る感じしています、日本語の勉強、パソコンの使い、車の運転、水泳も、全部、私の敵です、それを一つ一つ、倒せて消滅するのは私の楽しみと言うより、生き方と言うほうが。
子供時の大敵は自分のパパでした。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
そんな変な私は子供時に事件が起こしてないのは私のお婆さんのお陰です、いつも抱いてくれて、涙を拭いてくれてお婆さんは私の神様です。お婆さん<大好日子必ず来るよ、死ぬなんかしないで>の言葉は今でも、耳の傍の感じです。
>>わたし自身は、よその土地へ出るのがいやな人間ですから、
>もしyenさんが貧しくなかったなら、外国へ出ることも無かった
>のだろうと考えていました。
>>これは、わたしの思いこみに過ぎなかったと思いますが、
>ある意味、yenさんに対して失礼だったかもしれません。
日本の諺で<天は二物与えず>、合ってる?私の少年時代は大変でしたが、所が、青年になってから、お金に困るときがない、パパの顔を見たくないから、自分でマンションを買いました、その時、安いと言ってもなかなか大変のお金でしたよ、一括で支払いでした。そのマンションは今までずっと親が住んでいました、親の家は他人へ貸してた。
私は外国へ行く事も平気です、中国では<有志者、四海為家>の言葉がある、でもね、心の底から、パパと離れていいと思ってるかもしれません。
そうだね。特に私みたいきちんと勉強してない人は難しいです。心配かけてすみません。
>>yenさん、わたしは恋愛結婚ですが、子供は自閉症です。
自閉症に関して私はあまり分らないですが、病気だけと思っています。違う?
でも、私は言ったの変な子供の意味は病気の事ではなく、本当の普通の子で生まれのに、家庭の不幸で変な性格になった子供です。
私は子供時、自閉症なし、変な子供でした。親はいつも喧嘩する、喧嘩と言うより、ママがいつもパパに怒られてる、やられる、負傷されるでした、その時、私はいつも体を震えって怖くて泣いてた。どうやってママを助ける、頭の中は一杯でした、必死でした。
私もパパによくやられた、所が、私自身が殴れる時に全然怖くなかった、痛さも感じなかった、心の中に恨みだけで一杯でした、いつかお返し時が必ず来ると思いまして、我慢してました、でも、我慢できないときも有る、そんなに嫌われるなら、消えばいいでしょう?と思いました、、、何度も何度も自殺しようと思いました、パパと一緒にこの世界から消えるほうがいいとか、いろいろな暗い、怖い考えがありました。
笑い話だけと、一回、パパにやられる前に強気で言った:パパ、待って、メモを持ってくる、記録しないと、将来どのくらい返すが分らないからですよ。。。。。。。そのメモは何日、何回、どうなに殴られる、一々メモしてました。その話を聞いたパパの目は怖かった、それで私は嬉しかった。
私の人生は常に目の前、敵が立て居る感じしています、日本語の勉強、パソコンの使い、車の運転、水泳も、全部、私の敵です、それを一つ一つ、倒せて消滅するのは私の楽しみと言うより、生き方と言うほうが。
子供時の大敵は自分のパパでした。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
そんな変な私は子供時に事件が起こしてないのは私のお婆さんのお陰です、いつも抱いてくれて、涙を拭いてくれてお婆さんは私の神様です。お婆さん<大好日子必ず来るよ、死ぬなんかしないで>の言葉は今でも、耳の傍の感じです。
>>わたし自身は、よその土地へ出るのがいやな人間ですから、
>もしyenさんが貧しくなかったなら、外国へ出ることも無かった
>のだろうと考えていました。
>>これは、わたしの思いこみに過ぎなかったと思いますが、
>ある意味、yenさんに対して失礼だったかもしれません。
日本の諺で<天は二物与えず>、合ってる?私の少年時代は大変でしたが、所が、青年になってから、お金に困るときがない、パパの顔を見たくないから、自分でマンションを買いました、その時、安いと言ってもなかなか大変のお金でしたよ、一括で支払いでした。そのマンションは今までずっと親が住んでいました、親の家は他人へ貸してた。
私は外国へ行く事も平気です、中国では<有志者、四海為家>の言葉がある、でもね、心の底から、パパと離れていいと思ってるかもしれません。
これは メッセージ 331 (whiteandblack998 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835368/9beaibeja1da1a1bafa4s_1/332.html