大東亜戦争 5
投稿者: tough_power_656 投稿日時: 2009/03/06 14:42 投稿番号: [234 / 530]
中国国民党は日本人に代わる特権階級として振舞い、台湾島住民の排斥と腐敗が横行した。中華民国政府による急速な中国化政策の推進は、台湾島住民との間に緊張を高めた。こうして1947年に二・二八事件が発生した
しかし戦後4年経った1949年に、ソビエト連邦の支援の下国共内戦に勝利した中国共産党が北京に中華人民共和国を樹立し、【敗北した国民党は中国大陸から台湾島に遷都】した。
その後冷戦下で東西両陣営による政治的駆け引きが行われた末に中華民国が1971年に国際連合から追放されたことで、戦後20年以上の時を経て、戦勝国と国際連合の常任理事国としての地位を終戦時には
【国家として存在していなかった「中華人民共和国」】が引き継いだ。
帝国主義の終焉と植民地解放
第二次世界大戦は帝国主義が極限に達したことで勃発したが、結果的に帝国主義を終焉させ植民地解放を促す契機となった。
長年、イギリス、オランダ、フランス、アメリカなど白人諸国家の植民地統治下にあったアジア地域は、緒戦の日本軍の勝利と占領により、一時的に白人宗主国支配から切り離された。
これにより非白人国が白人の宗主国を打倒した事実を、植民地統治下の住民が直接目にする事となった。これは被植民地住民にとって、宗主国・白人に対する劣等感を払拭する大きな力になったと、後年に中華民国総統・李登輝、マレーシア・マハティール・ビン・モハマド首相、インドネシア・スカルノ大統領など、当時の被植民地出身の首脳らが述べている。
そして日本軍の敗北後、白人宗主国勢力がアジア地域に戻ってきた際、現地住民らは、一部日本軍兵士も含め、独立運動に立ち上がった。
彼らは日本軍の遺棄兵器を、終戦直後の権力空白時に入手し、それが独立運動推進に寄与したとされる。
以上の諸点から、日本がアジア各国の植民地解放を結果的に促進したとする見解がある。
また連合国の勝利で大日本帝國が崩壊し、同帝國統治下の朝鮮、その他太平洋諸国が独立し、台湾、満州国は中華民国領土へ復帰した。
なお、戦場とならなかったサハラ以南のアフリカ諸国(ブラックアフリカ)の独立運動がアジア地域より遅く、1960年代以降本格化した事は、この戦争の存在と大きく関係しているという意見も有るが、それはサハラ以南の地域では白人の宗主国が戦後も残存し、また経済・社会発展がアジア地域より遅れていたに過ぎない、という反論も有る。
東ヨーロッパにおいては戦勝国・ソビエト連邦が同地域のほとんどを占領し、バルト三国などを併合し、ポーランド、ドイツ、ルーマニアなどから領土を獲得すると共に、ポーランド、チェコスロバキア、東ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなどに親ソ共産主義政権を樹立させた。戦後冷戦下においてこれらの国を「衛星国」という名の新たな植民地として支配する事になり、その状態は1991年まで続いた。
しかし戦後4年経った1949年に、ソビエト連邦の支援の下国共内戦に勝利した中国共産党が北京に中華人民共和国を樹立し、【敗北した国民党は中国大陸から台湾島に遷都】した。
その後冷戦下で東西両陣営による政治的駆け引きが行われた末に中華民国が1971年に国際連合から追放されたことで、戦後20年以上の時を経て、戦勝国と国際連合の常任理事国としての地位を終戦時には
【国家として存在していなかった「中華人民共和国」】が引き継いだ。
帝国主義の終焉と植民地解放
第二次世界大戦は帝国主義が極限に達したことで勃発したが、結果的に帝国主義を終焉させ植民地解放を促す契機となった。
長年、イギリス、オランダ、フランス、アメリカなど白人諸国家の植民地統治下にあったアジア地域は、緒戦の日本軍の勝利と占領により、一時的に白人宗主国支配から切り離された。
これにより非白人国が白人の宗主国を打倒した事実を、植民地統治下の住民が直接目にする事となった。これは被植民地住民にとって、宗主国・白人に対する劣等感を払拭する大きな力になったと、後年に中華民国総統・李登輝、マレーシア・マハティール・ビン・モハマド首相、インドネシア・スカルノ大統領など、当時の被植民地出身の首脳らが述べている。
そして日本軍の敗北後、白人宗主国勢力がアジア地域に戻ってきた際、現地住民らは、一部日本軍兵士も含め、独立運動に立ち上がった。
彼らは日本軍の遺棄兵器を、終戦直後の権力空白時に入手し、それが独立運動推進に寄与したとされる。
以上の諸点から、日本がアジア各国の植民地解放を結果的に促進したとする見解がある。
また連合国の勝利で大日本帝國が崩壊し、同帝國統治下の朝鮮、その他太平洋諸国が独立し、台湾、満州国は中華民国領土へ復帰した。
なお、戦場とならなかったサハラ以南のアフリカ諸国(ブラックアフリカ)の独立運動がアジア地域より遅く、1960年代以降本格化した事は、この戦争の存在と大きく関係しているという意見も有るが、それはサハラ以南の地域では白人の宗主国が戦後も残存し、また経済・社会発展がアジア地域より遅れていたに過ぎない、という反論も有る。
東ヨーロッパにおいては戦勝国・ソビエト連邦が同地域のほとんどを占領し、バルト三国などを併合し、ポーランド、ドイツ、ルーマニアなどから領土を獲得すると共に、ポーランド、チェコスロバキア、東ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなどに親ソ共産主義政権を樹立させた。戦後冷戦下においてこれらの国を「衛星国」という名の新たな植民地として支配する事になり、その状態は1991年まで続いた。
これは メッセージ 233 (tough_power_656 さん)への返信です.