それで、なぜ自明と思わないか?
投稿者: chaevel 投稿日時: 2010/03/19 00:33 投稿番号: [2339 / 4377]
ホゲ氏に、僕に対して自明であることの説明をせよと言ってますので、僕がなぜ、ホゲ氏の主張が自明では無いと思うかに関して、再度述べておきます。
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また、評判という言葉の定義についても、ホゲ氏の定義には無理がある。
確かに、捕鯨に賛成していない国々の連中から見て、我々日本人が捕鯨を行っているという行為は、日本の捕鯨に対する狭義の意味での評判は低下させるかもしれない。その点については同意する。
しかし、一般的に評判といういとことの場合、捕鯨を含めた日本人の文化や科学技術さらにはその経済力や軍事力など、すべての面を包括した意味で「評判」という言葉を使用すると解されるため、捕鯨によって、日本人の評判が低下すると言うことは考えられない。
百歩譲って、捕鯨により日本の評判そのものが低下したとしても、今のところ衰えたといえども、日本の経済力や科学技術、さらには極東アジアでの軍事的なプレゼンスを考えた場合、捕鯨の問題が日本の国際社会における地位低下に直結することは考えづらい。
従って、捕鯨の問題ごときで、日本人や国家としての日本の国際的地位が低下するはずはないと考えるので、捕鯨の別の面、たとえば文化の継承や海洋資源の有効活用という面から考えて、将来の商業捕鯨の再開に向けた、調査捕鯨は継続するべきである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
という事です。
もちろん全体の評価(評判)の中に捕鯨の問題が含まれているということは、理解している。
でも、全体に占める捕鯨の問題など、相対的に低下するのがものの道理。
そりゃ厳密い言えば、さっきまで100位合った評判が99や98に、ことによったら90位まで下がるかもしれないね。
でも、そんなの誤差でしょ誤差
もしかして、そういう細かいことを気にしているのかい?
もし、ホゲ氏が「いや! 100だった評価が、いずれ10や20になってしまうんだ!」
というのであれば、その証を提示するする必要があるのではないか?
以前ホゲ氏は、僕に下記のように言った。
>人間という者は子供の頃にある国の人々に抱いた感情という者は一生消えないんだね。
君は確かに日本人は残酷だと思う子供に一生あわないかもしれないが、君の子孫は会うわけだよ。<
それに対して僕はこう言った。
その子供のメンタルのママ、大人になってしまう人間は別にして、大人になったら大人の論理に変わるに決まってる。
つまり、こういう事
−−−−−−−−−
国際社会の唯一無二の絶対の理論は、相手の国がその国にとって、利益がある国かどうか?というこの一点で動いています。
それは、鯨を捕るかどうかと言う、どうでも良い事柄には何ら影響されません。
我が国日本が、鯨を捕ろうが食おうが、我が国とつきあうことに利があるならば、つきあうだろうし、利がなければ見捨てられるだけの話です。
そこに、感情は入りません。
なぜなら、トピ主が言うように、可哀想だと思っている当の子供たちが大人になって、そういう感情論を捨て去って、「利益」に考えがシフトするからですよ。
−−−−−−−−−
現に、話題のマグロの話も、禁輸に賛成しても利がないと判断した各国が反対票を投じてくれたおかげで、否決されましたよね。
僕の言っていたことが、図らずも実証されてしまったわけですよ。
それが、国際社会の力学というものです。
今回は日本をはじめとする、マグロ取りたい国に賛同しておいた方が、利がある。
と判断が働いたからで、利が無ければ、日本がいくらワーワー言っても、採決されたでしょうよ。
だから、ホゲ氏が各国の評判を気にするのは、あえて誤解を恐れずに言えば、世間体を気にする村社会の名残を引きずっているだけ・・・と言ったら言い過ぎか?
まあ、僕にはそういう感覚ということです。
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また、評判という言葉の定義についても、ホゲ氏の定義には無理がある。
確かに、捕鯨に賛成していない国々の連中から見て、我々日本人が捕鯨を行っているという行為は、日本の捕鯨に対する狭義の意味での評判は低下させるかもしれない。その点については同意する。
しかし、一般的に評判といういとことの場合、捕鯨を含めた日本人の文化や科学技術さらにはその経済力や軍事力など、すべての面を包括した意味で「評判」という言葉を使用すると解されるため、捕鯨によって、日本人の評判が低下すると言うことは考えられない。
百歩譲って、捕鯨により日本の評判そのものが低下したとしても、今のところ衰えたといえども、日本の経済力や科学技術、さらには極東アジアでの軍事的なプレゼンスを考えた場合、捕鯨の問題が日本の国際社会における地位低下に直結することは考えづらい。
従って、捕鯨の問題ごときで、日本人や国家としての日本の国際的地位が低下するはずはないと考えるので、捕鯨の別の面、たとえば文化の継承や海洋資源の有効活用という面から考えて、将来の商業捕鯨の再開に向けた、調査捕鯨は継続するべきである。
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という事です。
もちろん全体の評価(評判)の中に捕鯨の問題が含まれているということは、理解している。
でも、全体に占める捕鯨の問題など、相対的に低下するのがものの道理。
そりゃ厳密い言えば、さっきまで100位合った評判が99や98に、ことによったら90位まで下がるかもしれないね。
でも、そんなの誤差でしょ誤差
もしかして、そういう細かいことを気にしているのかい?
もし、ホゲ氏が「いや! 100だった評価が、いずれ10や20になってしまうんだ!」
というのであれば、その証を提示するする必要があるのではないか?
以前ホゲ氏は、僕に下記のように言った。
>人間という者は子供の頃にある国の人々に抱いた感情という者は一生消えないんだね。
君は確かに日本人は残酷だと思う子供に一生あわないかもしれないが、君の子孫は会うわけだよ。<
それに対して僕はこう言った。
その子供のメンタルのママ、大人になってしまう人間は別にして、大人になったら大人の論理に変わるに決まってる。
つまり、こういう事
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国際社会の唯一無二の絶対の理論は、相手の国がその国にとって、利益がある国かどうか?というこの一点で動いています。
それは、鯨を捕るかどうかと言う、どうでも良い事柄には何ら影響されません。
我が国日本が、鯨を捕ろうが食おうが、我が国とつきあうことに利があるならば、つきあうだろうし、利がなければ見捨てられるだけの話です。
そこに、感情は入りません。
なぜなら、トピ主が言うように、可哀想だと思っている当の子供たちが大人になって、そういう感情論を捨て去って、「利益」に考えがシフトするからですよ。
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現に、話題のマグロの話も、禁輸に賛成しても利がないと判断した各国が反対票を投じてくれたおかげで、否決されましたよね。
僕の言っていたことが、図らずも実証されてしまったわけですよ。
それが、国際社会の力学というものです。
今回は日本をはじめとする、マグロ取りたい国に賛同しておいた方が、利がある。
と判断が働いたからで、利が無ければ、日本がいくらワーワー言っても、採決されたでしょうよ。
だから、ホゲ氏が各国の評判を気にするのは、あえて誤解を恐れずに言えば、世間体を気にする村社会の名残を引きずっているだけ・・・と言ったら言い過ぎか?
まあ、僕にはそういう感覚ということです。
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