さて、自明とは・・・
投稿者: chaevel 投稿日時: 2010/03/15 20:16 投稿番号: [2281 / 4377]
>馬鹿者。天地ほどの差なんかないよ。日本が欧米人の嫌がることをすれば日本の評判を悪くする方向に作用することは自明のことだよ。もちろん日本には戦後の平和国家としての実績があり戦後の成長の実績もあるから鯨のことだけで評判が悪くなるということはすぐにはないだろうが、悪くする方向に作用することは自明のことだよ。<
以下 長いけどホゲ氏には読み切れるかな??
「自明」「自明」って反捕鯨の人たちの論調は、必ずこの言葉が出てくる。絶対それを客観的に評価しようとしない。
そこが、致命的な論理の欠陥になると、まだ気がつかないのが不思議。
それともわかってて、そういう答え方をするのか?
「自明」というのは、思いを同じくする人の間では確かに有効であるが、今の論点は思いを同じくしない人同士の議論である。
お互いの主張が対立しているときに、自明自明と言ったって、相手に対する説得力は皆無である。
現に、ホゲ氏も別トピのフリー氏が主張する、「南極での捕鯨=密漁」という主張に対して、その証を求めている。
フリー氏にとっては、南極での捕鯨=密漁というのは自明のことであって、説明するまでもないとの主張であるから、その証は何ら無い。
我々はその証を要求するが、これはフリー氏の主張の主張と反捕鯨派であるホゲ氏および捕鯨容認の主張が対立しているからである。
もし、自明の一言で、相手の論を押さえ込んでしまうことが成立すると考えているのであれば、フリー氏の主張である、南極での捕鯨=密漁やSSは英雄であるという主張も無制限に同意しなければならない。
しかし、この理屈に無理があることは、それこそ自明であろう。
従って、自明であると、主張するのであるならば、「なぜ自明なのか?」という命題に対して、客観的なデータを示す必要があるのではないか?
また、評判という言葉の定義についても、ホゲ氏の定義には無理がある。
確かに、捕鯨に賛成していない国々の連中から見て、我々日本人が捕鯨を行っているという行為は、日本の捕鯨に対する狭義の意味での評判は低下させるかもしれない。その点については同意する。
しかし、一般的に評判といういとことの場合、捕鯨を含めた日本人の文化や科学技術さらにはその経済力や軍事力など、すべての面を包括した意味で「評判」という言葉を使用すると解されるため、捕鯨によって、日本人の評判が低下すると言うことは考えられない。
百歩譲って、捕鯨により日本の評判そのものが低下したとしても、今のところ衰えたといえども、日本の経済力や科学技術、さらには極東アジアでの軍事的なプレゼンスを考えた場合、捕鯨の問題が日本の国際社会における地位低下に直結することは考えづらい。
従って、捕鯨の問題ごときで、日本人や国家としての日本の国際的地位が低下するはずはないと考えるので、捕鯨の別の面、たとえば文化の継承や海洋資源の有効活用という面から考えて、将来の商業捕鯨の再開に向けた、調査捕鯨は継続するべきである。
以下 長いけどホゲ氏には読み切れるかな??
「自明」「自明」って反捕鯨の人たちの論調は、必ずこの言葉が出てくる。絶対それを客観的に評価しようとしない。
そこが、致命的な論理の欠陥になると、まだ気がつかないのが不思議。
それともわかってて、そういう答え方をするのか?
「自明」というのは、思いを同じくする人の間では確かに有効であるが、今の論点は思いを同じくしない人同士の議論である。
お互いの主張が対立しているときに、自明自明と言ったって、相手に対する説得力は皆無である。
現に、ホゲ氏も別トピのフリー氏が主張する、「南極での捕鯨=密漁」という主張に対して、その証を求めている。
フリー氏にとっては、南極での捕鯨=密漁というのは自明のことであって、説明するまでもないとの主張であるから、その証は何ら無い。
我々はその証を要求するが、これはフリー氏の主張の主張と反捕鯨派であるホゲ氏および捕鯨容認の主張が対立しているからである。
もし、自明の一言で、相手の論を押さえ込んでしまうことが成立すると考えているのであれば、フリー氏の主張である、南極での捕鯨=密漁やSSは英雄であるという主張も無制限に同意しなければならない。
しかし、この理屈に無理があることは、それこそ自明であろう。
従って、自明であると、主張するのであるならば、「なぜ自明なのか?」という命題に対して、客観的なデータを示す必要があるのではないか?
また、評判という言葉の定義についても、ホゲ氏の定義には無理がある。
確かに、捕鯨に賛成していない国々の連中から見て、我々日本人が捕鯨を行っているという行為は、日本の捕鯨に対する狭義の意味での評判は低下させるかもしれない。その点については同意する。
しかし、一般的に評判といういとことの場合、捕鯨を含めた日本人の文化や科学技術さらにはその経済力や軍事力など、すべての面を包括した意味で「評判」という言葉を使用すると解されるため、捕鯨によって、日本人の評判が低下すると言うことは考えられない。
百歩譲って、捕鯨により日本の評判そのものが低下したとしても、今のところ衰えたといえども、日本の経済力や科学技術、さらには極東アジアでの軍事的なプレゼンスを考えた場合、捕鯨の問題が日本の国際社会における地位低下に直結することは考えづらい。
従って、捕鯨の問題ごときで、日本人や国家としての日本の国際的地位が低下するはずはないと考えるので、捕鯨の別の面、たとえば文化の継承や海洋資源の有効活用という面から考えて、将来の商業捕鯨の再開に向けた、調査捕鯨は継続するべきである。
これは メッセージ 2274 (hogei_hoge_hoge さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834739/7dfbfa9a4oa4da4aa4ha4a6_1/2281.html