元長崎市長:原爆は落とされるべきだった
投稿者: pinoko_pp 投稿日時: 2007/09/11 06:28 投稿番号: [97415 / 99628]
原爆を容認するような発言をした、としてクビになった久間氏より、
もっと凄い発言をしている人物を、もう1人発見した。
「原爆は落とされるべきだった」
「原爆が日本に対する報復としては仕方がなかった」
「(原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのかと問われて)
戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、
マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある」
「当時の原爆は今の核兵器と比べれば、おもちゃのようなもので、
通常兵器と変わらない」
・・・これを原爆投下容認論といわずして、いったい何を・・・
元・長崎市長(銃撃事件で亡くなられた、伊藤一長前市長の
前の市長)なわけだが、あまりの発言の連続に呆れたね。
当時、被爆者団体は猛反発したようです(俺も非道いと思う)。
以降の資料を読めば分かるとおり、アジアへの謝罪派ですな。
第1回韓日平和交流功績賞なるものも受賞しているらしい。
すごいことを言う人物が長崎市長をやっていたもんだ(呆
長崎新聞に掲載された、久間発言の要旨及び、田上現長崎市長の
遺憾発言と並べて読んでください。
許されないのは、理由をつけて原爆投下を正当化すること、
それ自体なのだ。
・・・ちなみに、この謝罪派元市長、久間発言にも一定の理解を示したらしい(苦笑
>1979年から1995年の4期にわたり、長崎市の市長を務めた。
>「原爆は落とされるべきだった」
>「原爆が日本に対する報復としては仕方がなかった」と述べた。
>また、2007年に久間章生が「原爆投下は仕方が無かった」と発言して
>与野党や世論から大きな反発を受けた時も、「日本の戦争責任を
>もう一度考えるきっかけを与えてくれた」として一定の理解を示す
>などしている。
>2002年、第1回韓日平和交流功績賞
本島等 -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6%E7%AD%89
>原爆落とされるべきだった/本島前長崎市長が発言/被爆者団体は猛反発
>第二次世界大戦末期に米国が広島と長崎に原爆を投下したことに
>ついて「落とされるべきだった。(満州事変から終戦までの)
>十五年間にわたるあまりに非人道的な行為の大きさを知るに従い、
>原爆が日本に対する報復としては仕方がなかったと
>考えるようになった」と語った。
>「落とされるべきだった」という表現で、原爆投下の「容認」まで
>踏み込んだ発言は今回が初めて。広島、長崎の被爆者団体などは
>猛反発している。
本島氏への共同通信社インタビュー(1998年7月29日)東京新聞 1998/07/30
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070714
>−原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのか
>「戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、
>マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある。
>−核兵器の使用は非人道的とは思わないか
>「1996年(平成8年)に国際司法裁判所は核兵器の使用を
>『一般的には違法』と判断したが、それまでは規定はなかった。
>当時の原爆は今の核兵器と比べれば、おもちゃのようなもので、
>通常兵器と変わらない。
本島氏への産経新聞インタビュー(1998年8月1日)
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070715
>今我々がやらなければならないことは、中国はじめアジア、
>太平洋の国々に謝罪することである。心から赦しをこうことである。
>日本人が真珠湾攻撃について謝罪し、広島と長崎が原爆投下を
>赦すということである。怒りや悲しみは個人にとっても国家に
>とってもよいことではない。娘を殺された父親が相手を殺すと
>いうように、赦しえないことを赦す考え方、それが必要である。
広島よ、おごるなかれ(本島等氏の論文・1997年)
広島平和研究所の雑誌「平和教育研究」VOL.24(1997.4)掲載
(日本原爆論大系第7巻 日本図書センター 1999に収録)
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070713
>田上長崎市長の話 (発言が)事実だとすれば、被爆地としては
>到底容認できず、誠に遺憾だ。核兵器の使用は一般市民の無差別、
>大量の虐殺であり、いかなる理由があっても正当化できるものではな
もっと凄い発言をしている人物を、もう1人発見した。
「原爆は落とされるべきだった」
「原爆が日本に対する報復としては仕方がなかった」
「(原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのかと問われて)
戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、
マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある」
「当時の原爆は今の核兵器と比べれば、おもちゃのようなもので、
通常兵器と変わらない」
・・・これを原爆投下容認論といわずして、いったい何を・・・
元・長崎市長(銃撃事件で亡くなられた、伊藤一長前市長の
前の市長)なわけだが、あまりの発言の連続に呆れたね。
当時、被爆者団体は猛反発したようです(俺も非道いと思う)。
以降の資料を読めば分かるとおり、アジアへの謝罪派ですな。
第1回韓日平和交流功績賞なるものも受賞しているらしい。
すごいことを言う人物が長崎市長をやっていたもんだ(呆
長崎新聞に掲載された、久間発言の要旨及び、田上現長崎市長の
遺憾発言と並べて読んでください。
許されないのは、理由をつけて原爆投下を正当化すること、
それ自体なのだ。
・・・ちなみに、この謝罪派元市長、久間発言にも一定の理解を示したらしい(苦笑
>1979年から1995年の4期にわたり、長崎市の市長を務めた。
>「原爆は落とされるべきだった」
>「原爆が日本に対する報復としては仕方がなかった」と述べた。
>また、2007年に久間章生が「原爆投下は仕方が無かった」と発言して
>与野党や世論から大きな反発を受けた時も、「日本の戦争責任を
>もう一度考えるきっかけを与えてくれた」として一定の理解を示す
>などしている。
>2002年、第1回韓日平和交流功績賞
本島等 -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6%E7%AD%89
>原爆落とされるべきだった/本島前長崎市長が発言/被爆者団体は猛反発
>第二次世界大戦末期に米国が広島と長崎に原爆を投下したことに
>ついて「落とされるべきだった。(満州事変から終戦までの)
>十五年間にわたるあまりに非人道的な行為の大きさを知るに従い、
>原爆が日本に対する報復としては仕方がなかったと
>考えるようになった」と語った。
>「落とされるべきだった」という表現で、原爆投下の「容認」まで
>踏み込んだ発言は今回が初めて。広島、長崎の被爆者団体などは
>猛反発している。
本島氏への共同通信社インタビュー(1998年7月29日)東京新聞 1998/07/30
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070714
>−原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのか
>「戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、
>マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある。
>−核兵器の使用は非人道的とは思わないか
>「1996年(平成8年)に国際司法裁判所は核兵器の使用を
>『一般的には違法』と判断したが、それまでは規定はなかった。
>当時の原爆は今の核兵器と比べれば、おもちゃのようなもので、
>通常兵器と変わらない。
本島氏への産経新聞インタビュー(1998年8月1日)
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070715
>今我々がやらなければならないことは、中国はじめアジア、
>太平洋の国々に謝罪することである。心から赦しをこうことである。
>日本人が真珠湾攻撃について謝罪し、広島と長崎が原爆投下を
>赦すということである。怒りや悲しみは個人にとっても国家に
>とってもよいことではない。娘を殺された父親が相手を殺すと
>いうように、赦しえないことを赦す考え方、それが必要である。
広島よ、おごるなかれ(本島等氏の論文・1997年)
広島平和研究所の雑誌「平和教育研究」VOL.24(1997.4)掲載
(日本原爆論大系第7巻 日本図書センター 1999に収録)
http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/d/20070713
>田上長崎市長の話 (発言が)事実だとすれば、被爆地としては
>到底容認できず、誠に遺憾だ。核兵器の使用は一般市民の無差別、
>大量の虐殺であり、いかなる理由があっても正当化できるものではな
これは メッセージ 97409 (pinoko_pp さん)への返信です.
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