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投稿者: tanqueray6253 投稿日時: 2007/01/15 23:33 投稿番号: [95832 / 99628]
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成19年(2007年) 1月15日(月曜日) 貳
通巻第1677号
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
広州市の「一万ドル倶楽部」入りは、やっぱりねぇ。「嘘放送」だった
流入する出稼ぎ370万人を含めると「一人あたりのGDPは7800ドル」と下方修正
****************************************
ほんの十日前である。
広州市当局が胸をはって「一人あたりのGDPが10000ドルを超えた」と発表したのは。
その舌の根も乾かぬうちに「7800ドル」と大幅に下方修正された(ヘラルドトリビューン、1月15日付け)。
それにしても公式統計が25%も違う。いくら出鱈目中国だって、これはひどすぎないか?
原因は広州全体のGDPを、登録されて人口の750万人で計算したからで、広州戸籍がなくとも、広州で労働している流入した、出稼ぎ労働者350万人の所得を含めていなかったからだ(もっとも従来の中国の数式は戸籍人数だけでわり算していたから、実態を反映しない数字がよく一人歩きしたもの当然である)。
中国全土平均で一人上がりのGDPは1740ドル(過去五年に、なんと倍に増えた!)。
だから広州市の7800ドルという数字でも大変な高額である。
広州に次いで深せん、上海、北京の順で所得が高いと見積もられている。
その高所得をもとめて毎日のように大都会へ流れ込む流民がスラムを形成し、治安は極端に悪化している。
広州市や深せん特別経済特区でスリ、置き引き、ひったくりは常態である。
市民の多くは「流民が犯罪を運んできた」と白眼視しており、じっさいに犯罪全体の85%が流れ込んできた広州市戸籍以外のひとによる」(同ヘラルド紙)。
そういえば孫文革命、その前の太平天国、いくたの戦乱で広東へ湖南からやってきた兵隊は広州の豊かさにおどろき、戦争よりもまずは富の略奪をしたものだった。
広州はスノビズムの町でもある。
一流ホテルには「日本酒の“利き酒”バア」まであって、代金は日本より遙かに高い。一度、「中国ホテル」で調子に乗って飲んだら、久保田やら何やら三杯で五千円もとられた(日本の居酒屋より高いでしょ?)。
或る朝、レストラン(花園飯店の裏側)で粥をたべていたら、82歳になるという老婆が近寄ってきて、広州の物価高など世間話をしているうちに、小生が日本人とわかるや、こう言った。
「わたしゃ、日本に三回行ったよ、コウベ(xinfu)、せんだい( x ianndai)、名古屋(mingkuwu)」と。その金持ちぶりを自慢するのだった。
広州市は、そういう町でもある。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成19年(2007年) 1月15日(月曜日) 貳
通巻第1677号
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
広州市の「一万ドル倶楽部」入りは、やっぱりねぇ。「嘘放送」だった
流入する出稼ぎ370万人を含めると「一人あたりのGDPは7800ドル」と下方修正
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ほんの十日前である。
広州市当局が胸をはって「一人あたりのGDPが10000ドルを超えた」と発表したのは。
その舌の根も乾かぬうちに「7800ドル」と大幅に下方修正された(ヘラルドトリビューン、1月15日付け)。
それにしても公式統計が25%も違う。いくら出鱈目中国だって、これはひどすぎないか?
原因は広州全体のGDPを、登録されて人口の750万人で計算したからで、広州戸籍がなくとも、広州で労働している流入した、出稼ぎ労働者350万人の所得を含めていなかったからだ(もっとも従来の中国の数式は戸籍人数だけでわり算していたから、実態を反映しない数字がよく一人歩きしたもの当然である)。
中国全土平均で一人上がりのGDPは1740ドル(過去五年に、なんと倍に増えた!)。
だから広州市の7800ドルという数字でも大変な高額である。
広州に次いで深せん、上海、北京の順で所得が高いと見積もられている。
その高所得をもとめて毎日のように大都会へ流れ込む流民がスラムを形成し、治安は極端に悪化している。
広州市や深せん特別経済特区でスリ、置き引き、ひったくりは常態である。
市民の多くは「流民が犯罪を運んできた」と白眼視しており、じっさいに犯罪全体の85%が流れ込んできた広州市戸籍以外のひとによる」(同ヘラルド紙)。
そういえば孫文革命、その前の太平天国、いくたの戦乱で広東へ湖南からやってきた兵隊は広州の豊かさにおどろき、戦争よりもまずは富の略奪をしたものだった。
広州はスノビズムの町でもある。
一流ホテルには「日本酒の“利き酒”バア」まであって、代金は日本より遙かに高い。一度、「中国ホテル」で調子に乗って飲んだら、久保田やら何やら三杯で五千円もとられた(日本の居酒屋より高いでしょ?)。
或る朝、レストラン(花園飯店の裏側)で粥をたべていたら、82歳になるという老婆が近寄ってきて、広州の物価高など世間話をしているうちに、小生が日本人とわかるや、こう言った。
「わたしゃ、日本に三回行ったよ、コウベ(xinfu)、せんだい( x ianndai)、名古屋(mingkuwu)」と。その金持ちぶりを自慢するのだった。
広州市は、そういう町でもある。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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