韓国ふざけんな

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4年間とっておいた記事を貼り付け

投稿者: ontheearth51 投稿日時: 2006/06/27 23:08 投稿番号: [95090 / 99628]
イタリア人記者の記事です。これ読んで正直泣いたなぁ。

*********

さびしいけれど、お終いです。

サッカーは残酷で、度々不公平なスポーツです。
まるで人生のように。
そして、ワールドカップは
人生におけるレッスンの1つでしかありません。

イタリアチームは既に帰国しました。
アズーリの選手達は韓国に敗北し、
今後何年間かはこの敗北を
嘆くことになるかもしれません。
 
彼らは泣き、嘆きました。
なぜなら、たとえ最も優れている選手達でも、
試合に負けてしまえば、それが不当であっても、
ワールドカップから退かなければならないからです。
 
ヴィエリ、トッティ、デル・ピエーロ、
ネスタ、カンナヴァーロ、
そして他のアズーリの選手達も
自分達が最高の選手であると考え、
多分それは間違っていないでしょう。

アズーリのみんなは
日本が大好きでした。
 
仙台での最終合宿は完璧でした。
アズーリは日本で、得たいと思っていた物
(支援、サービス、声援など)の
全てを得ることが出来ました。
 
トレーニングには理想的な、
さわやかな気候と日本人の好意。
トッティもデル・ピエーロも、
日本人から優しく愛されました。
 
韓国戦の数時間前、アズーリの選手達はテレビで、
日本VSトルコの試合を観ました。
みんなで中田や稲本を熱烈に応援したのです。
 
アズーリの夢は6月30日に横浜で行われる決勝で
日本と戦うことでした。
日本VSトルコの試合が終わったとき、
アズーリの選手達はとても心が痛んだことでしょう。
日本は数週間もの間、
アズーリにとっては「故郷」だったわけですから、
彼らの悲しみは日本に対する正直な気持ちでした。
 
アズーリは3週間日本にいて、
日本人の優しい情熱は
イタリア人の情熱と同じように思えたのでしょう。
外国に居ながら、イタリアに居るときと変わりない
居心地の良さを感じられたのですね。
 
韓国戦はとても難しいものでした。
そして、おそらく、イタリアは審判の一撃で負けました。
 
前半と後半の間のハーフタイム、
イタリアが勝っていた時ですが、
トラパットーニ監督は選手達に対し、
自分達の目標は日本に帰ることだから、
勝利が必要だということを説明しようとしました。
 
アズーリは韓国が好きではありませんでした。
そして2つの目的のために
日本に帰りたいと望んでいました。
1つ目は、横浜で決勝戦に出るため。
そして2つ目は、彼らを惚れ込ませ魅了した国に
もういちど帰りたかったからでした。
 
トラパットーニ、トッティ、デル・ピエーロ、
ヴィエリ、マルディーニ、そしてアズーリの選手全員が、
韓国戦の敗北の悲しみと共に帰国しました。
そして、日本のように大変美しい国を、
自由だが礼儀作法のしっかりした国を、
自分達が恋に落ちた国を
後に残していく悲しみと共に帰国しました。
 
アズーリの心の中で、
彼らを優しさと愛情をもって取り囲んだ
全ての日本人の笑顔が、
悲しい顔に変わってしまうイメージが残るかもしれません。
そして飛行機に乗る前に、
アズーリのみんなが思ったことでしょう。
「ニッポン、アリガトウゴザイマシタ」と。
 
サヨナラ、また戻ってきます!


読者のみなさん、今回でぼくのこのコラムはお終いです。
短い間だったけれど、どうもありがとう。
たくさんのメールも、どうもありがとう。
みなさんがくださったメールの数と、
アズーリを愛する気持ちに、とても励まされました。
イトイサンがつけてくれたタイトルの「50日」が、
ここでこんなふうに終わるなんて
まったく予想していませんでしたが、
これが人生というものです!   気を取り直して、元気にね。
 
ミラノにもどって落ち着いたら、
サッカーのことはもちろん、
サッカーに限らず、イタリアのいろんな話題を、
また、ときどき、お送りできるといいなと思っています。
そのときはまた「あのサッカーおじさんが帰ってきたぞ!」
と迎えてください。
 
みなさん、お元気で。チャオ!
 
フランコ・ロッシ
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