続きですが
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/22 01:30 投稿番号: [93129 / 99628]
そもそも「知る」ということは「興味がある」というわけで、単純に「嫌い」と言うだけなら興味もない、調べもしない、そういうことになるかと・・・
日本の歴史をみて行く上で半島は避けて通れません。自ずと知的好奇心は沸きますよね。そして事実を知れば知るほど「ダサく」見える。しかし歴史的事実に基づいているのだから仕方ない。「魂」を感じるにしてもそれを感じるが故にさらに「ダサく」なる。そういうことなんですよね。
むしろ自分のスタンスのほうが「親韓」だと思うところがあります。
多くの人がそうなんですが「触らぬ神に祟りなし」というスタンスで日韓や日中関係を捉えています。
(まぁそれに挑戦しているのが小泉内閣だと思うのです。日中関係で本気ですから間の韓国は気の毒ですよね。本当・・・)
そう思うと貴重な休みに自分の金で韓国に何度も足を運び、「そこにある事実」を観てそこに流れる空気を感じる、そういう人のほうがむしろ「親韓」と思うのです。
また行くことはなかなか出来ないでしょうが実際に韓国人と仕事や個人的に付き合う、そういうことでもいいと思うんです。
靖国参拝も同じなんですけど、大抵のひとって「ふれない」で終わるのではないでしょうか?
むしろ知的好奇心の赴くままに事実を知るために時間と労力を費やす人々の方が親韓だとはいえないですかね?
これは メッセージ 93128 (hidarino5 さん)への返信です.
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