きけわだつみのこえ
投稿者: legend_panda 投稿日時: 2004/08/04 11:37 投稿番号: [89435 / 99628]
上原少尉のこの遺書とされる文書が引用された書籍「戦没学生遺稿集きけわだつみのこえ」が最初に
出版されたのは1949年。
1949年の主な事件といえば
中国共産党政府樹立、左右ドイツ成立、ソ連原爆実験成功、国鉄三大事件発生、
マッカーサー元帥「日本は共産主義進出阻止の防壁」声明、など。
米ソ対立が一段と緊迫した年で、米国が「極東のパートナー」に
すべく日本に待ち込んだ経済再建築は、
それを忠実に実行する民主自由党の吉田茂内閣と、対抗する共産党という図式の中で、
いくつもの怪事件を引き起こした。
それを元に映画「きけ
わだつみの声」が作られ封切られたのが1950年。
1950年の主な事件といえば、まず朝鮮戦争勃発。
レッドパージ、マッカーサー元帥が日本の自衛拒否権否定せずと言明など。
僕もkemex2201さんの意見に賛成ですし、
当時の社会情勢とかを抜きにして単に文書とか引用してくるのは
愚の骨頂ですよね。
当時「日本の共産主義革命」を目指していたサヨク系グループが、日本国内の米軍の撤退と日本の非軍事化、
当然それにともなった中共軍やソ共軍の日本侵略と日本の共産主義解放というストーリーのために、
「アメリカと日本政府に対してだけの『反戦平和』という点を主張に加えていった。」
(注:共産主義各国のことは『平和勢力』と呼んでいた)
という歴史経緯があり、そのための宣伝として使われたのではないかと思います。
確かに、WWⅡで日本国内の多くが焦土と化し、国民の間に「もう戦争はこりごりだ。」という厭戦の感情が
広まっていたことは(WWⅠのイギリスでもフランスでも同様の国民感情はあったので)認めますが、
その延長で広まっていった反戦運動なら中共にもソ共にも向けて行ったはずですよね。
これは メッセージ 89433 (kemex2201 さん)への返信です.
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