>申し訳ないですが一言
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2004/01/21 01:40 投稿番号: [86235 / 99628]
>『蜻蛉日記』や『更級日記』は作者名が○○の母、娘などでとても個人を重んじているとも思えませんし。
作家井沢元彦さんの説を少々失礼します。
日本はいわずと知れた「天皇を中心とした神の国」であり、「神の国=神道」であるわけです。日本人の宗教は「神道」である、特に古代に遡れば遡るほど色濃く出ます。
日本人の考え方に「言霊信仰」というのがあります。何か物事を口に出したらそのことが実行されてしまう、という考え方で、例えば「明日韓国でビルが崩壊する」と誰かが言って、実際に崩壊したとき、「お前が言うからだ」というように考える思想のことです。「縁起でもない」というようなリアクションをするときなどこれだと思います。
口に出すことを「言挙げ」といいます。
古代においてはさらに顕著です。
神道では「祝詞」を詠みます。祝詞は「おめでたくあってくれ」という内容でいいことしか書いていません。結婚式、キリスト教式では「契約」を交わしますが、神式ではひたすら「おめでたくなってくれ」と神様に願うわけです。その辺が今の欧米の契約社会と日本の「縁起でもない」という世界観の違いにつながると思うのです。
祝詞を詠むとき「名前」を読み上げます。「ひだりのさんに幸あれ」というように。
逆に、「呪い」も出来ます。名前を読み上げて「不幸になれ」と神様に祈るのです。
井沢元彦氏の説では、女性を軽んじているのではなく、逆に言挙げされないように守っているから名前を伏しているという考え方です。
そんなわけで本名を記録に残して言挙げされないように「清少納言」とか「藤原タカスエの娘」とかって表記になっているわけです。
鎌倉時代、相続は忘れましたが女性は力があったのではないでしょうか。そのように「女性重視」の名前伏せだとしたら、鎌倉時代の男女平等の相続権の思想にも辻褄が合うのではないでしょうか?
そもそも天照大神、太陽神は女性の神様ですし。
僕も井沢元彦氏の考え方を支持したいと思っています。
これは メッセージ 86223 (class_el_primero さん)への返信です.
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