> re:イラク派兵反対論者どもへ
投稿者: vaio6253 投稿日時: 2003/12/04 00:52 投稿番号: [85488 / 99628]
だから・・・・何だ?
オタクは「日本の国益」がどういうものか、考えているのかね?
(
別トピに投稿済みだが・・・殉職者からのメッセージだ。故人の意思を慮ってみよ。
合掌
)
>▼奥参事官の言葉が残されている。国連事務所のテロ現場では「これを見て(日本が)引くことができますか」と語り、支援の妨害には「常に犠牲はつきものだ。断固としてテロとたたかう」と語っていたそうだ。
イラク派兵反対の愚か者達は・・・・・この「殉職者」の言葉をどう捉えるのか?!
12月
2日
産経抄より
がっしりした体格の奥克彦参事官(四五)は、早大政経時代にラグビー部のフルバックだった。誇り高いラガー精神を外交に生かし、杓子(しゃくし)定規の官僚でなく、活発で行動的で「自分の言葉で語る熱血漢だった」という。
▼見た目はソフトだがしんは強い井ノ上正盛書記官(三〇)は、熊大卒の九州男児で、アラビア語が得意の中東スペシャリストだった。「二人は日本外交の宝だった」と涙ながらに語った岡本行夫首相補佐官の無念は、すべての日本人の無念である。もったいない死というほかない。
▼このところ外務省の体質や外交官の行動の評判といえば、芳しくない不祥事ばかり続いた。外務省は「何事も荒立てない」を外交と心得るらしく、たとえば中国や北朝鮮に対しては主権国家として国益を踏まえた外交を展開できなかった。
▼内には機密費流用の混乱が、外にはキャリアの退廃が指摘されていた。「三年で一億円の貯金ができる」「外交の半分は海外の日本人接待だった」「広い住居は自宅設宴のホームパーティーに使われる」。それが海外勤務の外交官の優雅な生態などといわれたものである。
▼しかしイラクで死んだ二人の外交官の日常は決してそうではなかった。水も電気もない生活を続け、砂嵐の下、最前線の底辺で日本の名誉を支えていた。不幸な悲劇によって初めてそうした苦闘が世に知らされることになったとすれば、これも不幸というほかない。
▼奥参事官の言葉が残されている。国連事務所のテロ現場では「これを見て(日本が)引くことができますか」と語り、支援の妨害には「常に犠牲はつきものだ。断固としてテロとたたかう」と語っていたそうだ。この遺志を受け継がなくて何とする。それ以外に道はないはずである。
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