我々は・・・・・
投稿者: gizennshine 投稿日時: 2003/09/11 20:43 投稿番号: [83642 / 99628]
我々はkessekijpとchungnongjoonが何故このようなカキコを繰り返すのかという疑問を解決するため、
kessekijpとchungnongjoonの故郷である新林洞蘭谷に向かった。
「まだソウルにこんなところがあったのか…」思わず口に出てしまった言葉を、
同行した中央日報取材チームの一人に失礼だと咎められた。
山の頂上にある青色の共同トイレ。消防車が通過できない平均傾斜35度の路地。
主に焼酎・ラーメンだけがよく売れる町内の店。過去のサムソン電子ロゴが残る1970年代式の看板。
そして擦り切れてボロボロの服を着る住人たちは、余所者で身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。
インターネットだの、ワールドカップだの、南北融和だので浮かれていた
我々は改めてソウル最大貧民街の現状を噛み締めていた。
ボロ屑のような家に居たのは老いた母親は我々を見るなり
「日帝36年の屈辱!謝罪と保証を要求するニダ!」と包丁を持って追いかけられ、
さらに貧民街の住人に取り囲まれて金品を全て奪われてしまった。
我この時初めてkessekijpとchungnongjoonを心の底から憎く思った。
誰が悪いどころではない、チョソンの全て悪かったのだ。
我々は打ちひしがれながら東京へと帰路についた。
これは メッセージ 83641 (gizennshine さん)への返信です.
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