平昌は五輪関係者の間では「当選圏外」
投稿者: tohrisugary 投稿日時: 2003/07/04 15:23 投稿番号: [82126 / 99628]
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/sports/20030704k0000m050154000c.html
(前略)今回の報告から順位付けすれば、ともに高い評価を得たバンクーバーとザルツブルクはどちらが選ばれてもおかしくなかった。
施設、経験とも劣る平昌には辛い点が付けられ、五輪関係者の間では「当選圏外」だった。
▽政治的投票
結果は、意外だった。
第1回投票では、圏外のはずの平昌が当選に必要な過半数にはわずかに及ばなかったものの、最多票を獲得し、ザルツブルクはわずか16票で、早々と落選。
決選投票では、ザルツブルク票がバンクーバーに流れ、平昌を際どく逆転した。
秘密投票では、唯一の判断材料である評価委報告に、どれほどの価値があったのか疑問だ。
投票権を持つIOC委員にも不可解な行動があった。
ボタン式投票で、1回目は4人が、決選投票では3人の票が無効扱いだった。
不明票の中身次第で、1回目、決選投票とも結果が変わっていた可能性があった。
惨敗したザルツブルク関係者は「1回目で敗れるなんてフェアではない」「政治的な投票、地理的な要因を重視した結果」と一斉に不満を漏らした。
12年夏季五輪を欧州で開きたいと願う欧州委員が、あえてザルツブルクを敗戦に追い込んだとの見方が主流だ。
▽無尽蔵の資金
スキャンダル発覚から4年以上が経過。
サマランチ前会長も退任し、IOCの内外で危機意識が薄れつつある。
規制されている招致活動が、表と裏の両面でまたきな臭くなった。
ザルツブルク招致委のビンクラー事務総長は「韓国の攻勢はすごかった。資金は無尽蔵なように見えた」と証言する。
立候補都市からの総会参加者は100人までに制限されていたが、平昌は200人以上を送り込んだ。
IOCは「自分で来る人々をとがめることはできない」と見て見ぬふりだ。
韓国企業のロゴは、ホテルやプラハ市街にもあふれていた。
1988年夏季五輪招致で韓国は、ソウルが本命視された名古屋を大逆転した実績がある。
日本の関係者は、今回の平昌の動きがソウル招致と似ていたと口をそろえた。(後略)
これは メッセージ 82106 (jigokunokootaisi さん)への返信です.
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