はろーきてぇか・・・フラワー
投稿者: qm0x0mp 投稿日時: 2003/03/08 00:03 投稿番号: [77357 / 99628]
そういやぁ
はろーきてぃの彼氏はだにえる君とかいったな?
なんで平蔵じゃねえんだ?
俺が勝手に改名してやる。これからはキティちゃんの彼氏の名前は「平蔵」だ。よろしくね。
江戸時代の絵画の話が出ていたようだが、捕捉してやろう。
誰が浮世絵を描けるか?との問いからだが、浮世絵は誰でも描ける、これが答えだ。
これは「浮世」の絵と解釈すればの話である。「浮世」とは通称「俗世」のことだ。
解釈を変えるのであれば、広く俗世に行き渡った絵画でもあるのが浮世絵だ。
極端な話、江戸時代浮世絵は過剰に余っていた。今の新聞の折り込み広告のようにだ。
オランダ人が日本の陶器などを自国に運ぶ際にそれらの描かれた紙を包装紙にして、それがヨーロッパに浮世絵を知らしめることになったのは有名な話だ。
だが、フラワーのいうパクリは否定はできない。
北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」はヨーロッパの画家のパクリであり、
國芳もまたアルチンボルドーをパクっている。
しかし、そういったパクリをパクリと呼べるかどうかは疑問であろう。
それらを吸収することにより、個々の独自性が生まれたことは結果として残っている。
そしてそれがヨーロッパの印象派に大きく影響を与える、いや、パクられる。
こういった流れの中に優劣が存在し得るのか?
ましてやルーツを求めて、その起源を敬うのか?
俺は朝鮮は嫌いだが、百済観音像は好きだ。
それが日本のルーツであるわけではないが、それ以降の日本の仏像芸術に大きな影響を与えたことは否定はできん。
芸術という面において…日本人としての心でもあるわけだ。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834688/4z9qa4ua46a41a4sa4j_1/77357.html