たかだか一外来語に >アイデンティ
投稿者: vaio6253 投稿日時: 2003/02/17 16:36 投稿番号: [75881 / 99628]
一応私宛のレスなので。
>それともそれに俺が反応することを知っての挑戦かな?
一言、「自意識過剰」。ハッキリ言って「アイデンティティー論争」をしてたのは知ってるがツマラなかったから途中からスルーだったよ。(電脳掲示板とはそういうもの)
まあこの際だから言っておくが、「アイデンティティー」を使うにあたって君の指定する「縛り」の中で使わなければならん理由はどこにもナイね。
君はこの言葉の「専売特許」を持ってるわけでもないし、このトピ主で最初からそういうルールがあったわけじゃないから。
私は自分の経験から時と場所で外来語を使い分けてるつもり。例えば、平均的な教養があれば私の意味するところは伝わるだろうとか、ね。
日本の言語文化には外来語をどんどん吸収し「日本語化」するという特殊性がありるが、異文化圏の言語が持つあらゆるニュアンス(例えば宗教性とか)を100%理解して日本人が使用することはありえない。(大衆にそんなことを求めても無駄)
まあ、1つないし2つの「直訳」を当てはめてそれでお終い。(まあ哲学的用語などでは幅広いニュアンスを持って使うとかはあるかも)
私が意味する所は「(自己)同一性」が核の意味であり、そこから波及するモノ全般も守備範囲とするというコト(一例は『帰属』での同一性・・とか)。
まあアバウトと言えばアバウトだが、前後の文脈で私の意図するところが伝われば良し、と考えている。
古文の知識が多少でもあれば分かることだが、言葉は生き物であり長い年月で全く違う意味合いになることも珍しくない。
こういう事実と本来の100%オリジナルでの使用は無理ということから君の執拗な拘りはナンセンスと、思われ。
何にせよ「拘る」のは個人の勝手だが、言葉(外来語)をアバウトに使うのも勝手。但し文脈から相手が「適切な」受け取りをするであろうと判断した場合は。
この件は内容が乏しくこれ以上は時間の無駄かと思うので、これにて終了。
これは メッセージ 75836 (qm0x0mp さん)への返信です.
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