荼毘さん、他 (長文です)
投稿者: judgment009 投稿日時: 2003/02/02 17:20 投稿番号: [74615 / 99628]
jigokunokootaisi様
こんにちは。始めまして。といいましても書き込みはいつも拝見させて頂いていましたが……。
荼毘さんは、うーん、例えば先方が衝撃を受けるような出来事があると書き込み期間が空いて、ずっとあとにそのことにまったく触れずに違う電波で復活したりするじゃないですか? そのへんは愛らしいな、と(笑)。荒らしのみを目的としておらず、彼は彼なりにシリアスなんだろうな、と受け止めています。かといいましても理解はできませんが(笑)。
あと、理性的な在日の方を見かけますとホッとしますよね。たとえ意見が行き違っても、それはそれで有益だと思います。
では、ついでに私の個人的な経験をひとつご紹介させてください。ここをご覧になられている在日の方々にも、ぜひ読んでいただきたいです。
大学に入ってしばらくたって、友達が私の元を訪れました。やけに深刻な顔つきでした。相談があるとのことで、2人して近くの居酒屋へ。
彼曰く「どうやらオレは在日朝鮮人らしい」
少しだけ考えて、私は言いました。「それがどうかしたのか?」
私的には別に取り繕ったわけではなく。真剣にそう思って返したことです。10年近く付き合ってきて、2人のあいだで個人的関係もきちんと築けてきており、それに対して国籍がなんか関係あるのか? と。
そういう問題があることはきちんと把握していましたが、そもそも私には在日に対する偏見はさしてありませんでした。高校のとき、近くにあった朝鮮学校の生徒と喧嘩するのは洒落にならないのでまっぴらごめん、くらいは考えていましたが(笑)。
彼は少し不満そうでしたが、しばらく私と馬鹿話をして、じゃまたな、と帰っていき、そしてそれから二度と会っていません。こちらから連絡はしてみたのですが、呼び出しても出てきませんでした。
いまでも、間違ったな、あのとき共感を示せばよかった、とは私は思っていません。
私以外の友達とも会っていないようです。
彼は特別か?
彼がそれを知ったのは、親から旅行に誘われ帰国したことによって、らしいです。ここからは私の推測ですが、システムはその時点ですでに作動していたのではないか?
明確な形はなくても、民族という名の、物語としてのシステム。
口頭伝承で、少しずついろんなものが付け加えられながら、変わらず運用され続けるシステム。
ずっとあとになって風の噂で、彼が、もの凄く嫌っていた親の商売(飲食店)を継いだと聞きました。儒教的精神、でしょうか?
在日の方々も、おそらく早くから民族教育を受けているようなパターンばかりではないでしょう。
システムを受け継ぐ人たちも全員が全員、日本人に対して表明し続けるほどに、真剣だということはないでしょう。
ただ、簡単には打ち破れないなにかがそこにはあるのではないでしょうか?
明確に差別を受けないでも、民族の囲いの中に入ってシステムに沿ってしまうと、ある意味、仲間内がすべてになってしまいます。ウリとナラ。
心ならずも、という方もいらっしゃると思います。それは周囲が理解を示してもどうしようもないことなのでしょう。
物語があるのは確かに不幸なことです。たとえばいきなりオマエはイタリア人だと言われても深刻にはならないでしょう。そこには物語は少ないからです。しかし、口頭で伝え続けられる不確かな物語に縛られつづけるのはもっと不幸だと、いまとりあえず日本国籍を有する日本人である、とされている私は思います。
いまでもふと自問することがあります。彼はあの時の私の言葉を差別と受け取ったのか? そしていま街中で偶然会ったら、また以前みたいに一緒に馬鹿騒ぎができるのか?
なにより彼は、自分の子供にシステムを作用させるのか?
ひとつだけ確かなこと。
たとえば私が明日、父親に呼びつけられて、じつはうちは……と打ち明けれたとしても、私はなんとも思わないでしょう。私は私ですし、すでに彼とは違うシステムの中に生きているからです。そしてそれはなにかに拘泥しない分、少なくとも彼のシステムよりも幸せだと思っています。
在日の方々、あくまで私の推測ですので、もし事実誤認等ありましたら申し訳ありません。
できましたら、実情に沿ってきちんと訂正していただけたら幸いです。
以上、長文失礼致しました。
こんにちは。始めまして。といいましても書き込みはいつも拝見させて頂いていましたが……。
荼毘さんは、うーん、例えば先方が衝撃を受けるような出来事があると書き込み期間が空いて、ずっとあとにそのことにまったく触れずに違う電波で復活したりするじゃないですか? そのへんは愛らしいな、と(笑)。荒らしのみを目的としておらず、彼は彼なりにシリアスなんだろうな、と受け止めています。かといいましても理解はできませんが(笑)。
あと、理性的な在日の方を見かけますとホッとしますよね。たとえ意見が行き違っても、それはそれで有益だと思います。
では、ついでに私の個人的な経験をひとつご紹介させてください。ここをご覧になられている在日の方々にも、ぜひ読んでいただきたいです。
大学に入ってしばらくたって、友達が私の元を訪れました。やけに深刻な顔つきでした。相談があるとのことで、2人して近くの居酒屋へ。
彼曰く「どうやらオレは在日朝鮮人らしい」
少しだけ考えて、私は言いました。「それがどうかしたのか?」
私的には別に取り繕ったわけではなく。真剣にそう思って返したことです。10年近く付き合ってきて、2人のあいだで個人的関係もきちんと築けてきており、それに対して国籍がなんか関係あるのか? と。
そういう問題があることはきちんと把握していましたが、そもそも私には在日に対する偏見はさしてありませんでした。高校のとき、近くにあった朝鮮学校の生徒と喧嘩するのは洒落にならないのでまっぴらごめん、くらいは考えていましたが(笑)。
彼は少し不満そうでしたが、しばらく私と馬鹿話をして、じゃまたな、と帰っていき、そしてそれから二度と会っていません。こちらから連絡はしてみたのですが、呼び出しても出てきませんでした。
いまでも、間違ったな、あのとき共感を示せばよかった、とは私は思っていません。
私以外の友達とも会っていないようです。
彼は特別か?
彼がそれを知ったのは、親から旅行に誘われ帰国したことによって、らしいです。ここからは私の推測ですが、システムはその時点ですでに作動していたのではないか?
明確な形はなくても、民族という名の、物語としてのシステム。
口頭伝承で、少しずついろんなものが付け加えられながら、変わらず運用され続けるシステム。
ずっとあとになって風の噂で、彼が、もの凄く嫌っていた親の商売(飲食店)を継いだと聞きました。儒教的精神、でしょうか?
在日の方々も、おそらく早くから民族教育を受けているようなパターンばかりではないでしょう。
システムを受け継ぐ人たちも全員が全員、日本人に対して表明し続けるほどに、真剣だということはないでしょう。
ただ、簡単には打ち破れないなにかがそこにはあるのではないでしょうか?
明確に差別を受けないでも、民族の囲いの中に入ってシステムに沿ってしまうと、ある意味、仲間内がすべてになってしまいます。ウリとナラ。
心ならずも、という方もいらっしゃると思います。それは周囲が理解を示してもどうしようもないことなのでしょう。
物語があるのは確かに不幸なことです。たとえばいきなりオマエはイタリア人だと言われても深刻にはならないでしょう。そこには物語は少ないからです。しかし、口頭で伝え続けられる不確かな物語に縛られつづけるのはもっと不幸だと、いまとりあえず日本国籍を有する日本人である、とされている私は思います。
いまでもふと自問することがあります。彼はあの時の私の言葉を差別と受け取ったのか? そしていま街中で偶然会ったら、また以前みたいに一緒に馬鹿騒ぎができるのか?
なにより彼は、自分の子供にシステムを作用させるのか?
ひとつだけ確かなこと。
たとえば私が明日、父親に呼びつけられて、じつはうちは……と打ち明けれたとしても、私はなんとも思わないでしょう。私は私ですし、すでに彼とは違うシステムの中に生きているからです。そしてそれはなにかに拘泥しない分、少なくとも彼のシステムよりも幸せだと思っています。
在日の方々、あくまで私の推測ですので、もし事実誤認等ありましたら申し訳ありません。
できましたら、実情に沿ってきちんと訂正していただけたら幸いです。
以上、長文失礼致しました。
これは メッセージ 74613 (jigokunokootaisi さん)への返信です.
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