韓国ふざけんな

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伊藤博文

投稿者: goodbye781jp 投稿日時: 2002/10/19 09:31 投稿番号: [71381 / 99628]
「日韓ショック」の原点
リービ英雄   Hideo Levy (1950−   )
『日本語の勝利』(1992・講談社)

「日韓ショック」の原点

(略)広場には、いくつかの石碑と、韓国の伝統的な曲線状の屋根を冠された、小さな博物館という外観を呈した建物があった。建物は何となく荘厳な印象を与えるが、それほど大きくはない、昌徳宮や南大門を見てきた訪問客の目を引くような建物ではない。


  ぼくの目を引いたのは、その建物の横に立っている銅像であった。旗を持って、行進しているように片足を前方へ出している男の銅像である。銅像が目に入ったとき、漢江の鉄道橋を勇敢な姿勢で守衛していた彫刻のような兵士を思い出した。

広場の銅像に近づいてみると、スーツを着た三十前後の、表情が聡明な男が、右手に太極旗を持っているのである。銅像のとなりにある曲線状の屋根の建物へ歩いてみた。

入口のところに、韓国語と英語で(日本語はなかった)、
atrocious Japanese(悪名高い日本人)伊藤博文を殺した愛国の義士・安重根の記念館
  と書いてあった。


  ぼくは一瞬、自分の目を疑った。「親日派」ということばだけではとてもいい表せないほど日本にアイデンティファイしていたぼくにとって、記念館の入口に書かれていることばを読んだ瞬間に覚えたショックは甚大なものだった。
東京からは飛行機でたった二時間、下関からは一晩の船旅で行ける国の歴史観は、私が教えられてきていた日本の歴史観とはまったく逆である。

片方では伊藤博文が近代日本を築き上げた元老であり、片方ではその伊藤博文を暗殺した人間が「義士」で、二十世紀最大の英雄に数えられている。

暗殺者の記念館に辿りついたとき、韓国の歴史における大きな一事件を意識させられた、というよりも、思わず日本の歴史の暗部に出っくわしてしまったというおどろきを覚えた。

はじめて日本から韓国に渡り、伊藤博文と安重根の歴史的評価の「逆転」に出合ったことは、生活の形式や豊かさの差よりも、至るところに見える軍人の姿よりも、私の胸に鮮烈な「日韓ショック」を起こしたのである。(後略)


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