不良三国人
投稿者: donsajn 投稿日時: 2002/10/10 19:31 投稿番号: [70549 / 99628]
終戦のその日
午後7時。
徒党を組んだ三国人は国鉄深川駅構内の貨車を襲って配給物資を強奪。
これを皮切りにしない随所で襲撃略奪事件を起こし、婦女子を暴行し、我が物顔に跳梁し始めた。
とうりすがりの通行人の目が気に入らないと言っては半殺しにし、無銭飲食をし、白昼の路上で見境なく婦女子を暴行する。
略奪暴行をほしいままにし警官がけつけても手も足も出ない。
「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人がなに言うか」
街は暴漢の跳梁に無警察状態だった。
すでに警察は無力化し、神戸は死の街だった。
腕章をつけ、拳銃や鉄パイプで武装した三国人たちがわがものがおで横行し、略奪物資による闇市の拡張、相次ぐ一般市民への暴行事件に警察は目をそらす。
もはや神戸は、我々の手で町を自衛しなければ、生命、財産さえ危うい極限状態に陥っていた。
やつらは通行人を強引に誘いこんで、イカサマと脅迫とで容赦なく金品をむしりとる。なまじ警官がとがめだてすれば、たちまち暴徒は集団をつくり警官を小突きまわし、殴る蹴るの暴行を加える。
昭和21年2月、神戸生田署の岡政雄巡査部長が彼らに拉致されて暴行殺害され、同年4月須磨署佐藤進巡査部長がやはり彼らの手によって射殺された。
そればかりではない。不良三国人300余人は兵庫警察署を襲撃し、署長をはじめ幹部署員たちを人質として電話指令交換室を占拠したのだ。
さらに彼らは水上署を急襲し同胞全員を釈放し、水上署の全監房は彼らの手によって解放させられた。
彼らはまた神戸市の全警察を襲撃する計画を立てていた。
山口組
田岡一雄自伝より
これは メッセージ 70542 (kaminokunidayo さん)への返信です.
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