「従軍慰安婦」の給料(文玉珠の預金通帳)
投稿者: bakajaps_gogo 投稿日時: 2002/09/21 20:56 投稿番号: [69125 / 99628]
現在に換算すると、年収は数千万円だ。それだけ当時の軍は羽振りが良かったということだろう。
もちろん慰安婦になった女性は東北や九州の農村出身者が多く、冷害の年の口減らしなど、悲惨な境遇だったことは言うまでもないが。
妄想変態のdavidpkjpは、写真を見て「日本軍が女狩りをやって強姦した」と興奮している。キリスト教徒とは思えないハレンチぶりだ。
朝鮮半島でも日本軍は昭和13年から朝鮮人の志願兵を募り、昭和19年からは徴兵制も敷き、その大半は朝鮮半島に配置された。
↓この状況下でどうやって「女狩り」が出来るんだ?
年度 採用数 応募数 倍率
昭和13年 406 2,946 7.7
昭和14年 613 12,348 20.1
昭和15年 3,060 84,443 27.6
昭和16年 3,208 144,743 45.1
昭和17年 4,077 254,273 62.4
昭和18年 6,300 303,394 48.2
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/shitugi/chousen%20touchi%202.html
■命題
慰安婦は単なる娼婦です。当時は日本も朝鮮も貧乏でした。多くの女の子は親により娼婦として売られました。 しかし彼女らの年間所得は陸軍中将とほぼ同じでした。
■質問
当時朝鮮人の娼婦は平均どれぐらいの年収で 陸軍中将の年収はいくらだったのですか。(資料の出所を希望します。)
娼婦というのはたいてい前借してなっていますから、給料全部自分のものになったのではないですよね。しかも利息分も徴収されますから、いつがきても娼婦を辞めることができなかったのでは。
■回答
一九九二年五月一二日の毎日新聞に、補償を求めて裁判を起こした文玉珠の預金通帳についての記事が載っています。その通帳によれば、一九四三年から一九四五年の間に一二回振り込みがあり、その預金残高は二六、一四五円に上っています。これは今の金額にすると数千万円に相当します。
当時日本軍の陸軍大将の年俸は六、六〇〇円でした。文玉珠がビルまで稼いだのは2年余りですから、陸軍大将の約二倍稼いでいたことになります。陸軍の俸給表は平成11年12月10日の昭和史研究所会報に載っています。 下記は平成11年11月10日の昭和史研究所会報から要約したものです。
元海軍中佐重村実は「彼女らの前借金が四千円から五千円であったと言っている。そして彼女らはこの前借金を三ヶ月から半年で返し、平均的な貯蓄額は五ー六千円から一万円持っていたと言っている。その中には三万円も持っている人も居て、皆驚いていた。アメリカの反撃が予想以上に早く、彼女らの中には爆撃で死んだ人も居た。又前借金の返済が終わったにもかかわらず、船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居る。しかし終戦と共に彼女らの大半は日本に帰った。」
この前借金の数値は一寸高すぎるように思います。戦争末期の前線と言うことで、かなりインフレになっていたように思います。私の認識ではその気で一生懸命返せば、2−3年で自由になったと思っています。しかし一般的には女性の虚栄心を利用し、次々に着物や装飾品を買わせるのでなかなか抜け出せなかったというのが私の認識です。
もちろん慰安婦になった女性は東北や九州の農村出身者が多く、冷害の年の口減らしなど、悲惨な境遇だったことは言うまでもないが。
妄想変態のdavidpkjpは、写真を見て「日本軍が女狩りをやって強姦した」と興奮している。キリスト教徒とは思えないハレンチぶりだ。
朝鮮半島でも日本軍は昭和13年から朝鮮人の志願兵を募り、昭和19年からは徴兵制も敷き、その大半は朝鮮半島に配置された。
↓この状況下でどうやって「女狩り」が出来るんだ?
年度 採用数 応募数 倍率
昭和13年 406 2,946 7.7
昭和14年 613 12,348 20.1
昭和15年 3,060 84,443 27.6
昭和16年 3,208 144,743 45.1
昭和17年 4,077 254,273 62.4
昭和18年 6,300 303,394 48.2
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/shitugi/chousen%20touchi%202.html
■命題
慰安婦は単なる娼婦です。当時は日本も朝鮮も貧乏でした。多くの女の子は親により娼婦として売られました。 しかし彼女らの年間所得は陸軍中将とほぼ同じでした。
■質問
当時朝鮮人の娼婦は平均どれぐらいの年収で 陸軍中将の年収はいくらだったのですか。(資料の出所を希望します。)
娼婦というのはたいてい前借してなっていますから、給料全部自分のものになったのではないですよね。しかも利息分も徴収されますから、いつがきても娼婦を辞めることができなかったのでは。
■回答
一九九二年五月一二日の毎日新聞に、補償を求めて裁判を起こした文玉珠の預金通帳についての記事が載っています。その通帳によれば、一九四三年から一九四五年の間に一二回振り込みがあり、その預金残高は二六、一四五円に上っています。これは今の金額にすると数千万円に相当します。
当時日本軍の陸軍大将の年俸は六、六〇〇円でした。文玉珠がビルまで稼いだのは2年余りですから、陸軍大将の約二倍稼いでいたことになります。陸軍の俸給表は平成11年12月10日の昭和史研究所会報に載っています。 下記は平成11年11月10日の昭和史研究所会報から要約したものです。
元海軍中佐重村実は「彼女らの前借金が四千円から五千円であったと言っている。そして彼女らはこの前借金を三ヶ月から半年で返し、平均的な貯蓄額は五ー六千円から一万円持っていたと言っている。その中には三万円も持っている人も居て、皆驚いていた。アメリカの反撃が予想以上に早く、彼女らの中には爆撃で死んだ人も居た。又前借金の返済が終わったにもかかわらず、船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居る。しかし終戦と共に彼女らの大半は日本に帰った。」
この前借金の数値は一寸高すぎるように思います。戦争末期の前線と言うことで、かなりインフレになっていたように思います。私の認識ではその気で一生懸命返せば、2−3年で自由になったと思っています。しかし一般的には女性の虚栄心を利用し、次々に着物や装飾品を買わせるのでなかなか抜け出せなかったというのが私の認識です。
これは メッセージ 69122 (tukito6pence さん)への返信です.
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