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モレノが間違えた1938年フランス大会2

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/08/12 14:47 投稿番号: [64226 / 99628]
http://www.calcio2002.com/mag/serial/degli/02.html
決勝戦で炸裂した
歴史に残るファインゴール


半世紀が経過した今でも語り継がれている1938年W杯フランス大会決勝でのピオラの歴史的なゴールシーン。ピオラはアッズーリ歴代2位のゴール数を記録している

イタリアと、優雅さと精密なパスを売り物にしたマジャールサッカーの対決は、パリのサッカーファンを熱狂させた。

先制点を奪ったのはまたもピオラだった。しかし、ハンガリーもサロシの精密なパスに合わせたティクトスが決め、すぐさま同点に追いついた。そして、前半16分、カルチョの歴史に残るファインゴールが生まれるのである。ピオラがコラウッシにはたき、コラウッシは、中央を走るピオラにリターンパス。それをピオラが鮮やかに決めてリードを奪ったのだ。そして、その20分後、今度はトップ下にポジションを下げていたメアッツァが最高のラストパスをフィード。反応したコラウッシが決めて3−1。後半、ハンガリーはサロシがゴールを決めて追いすがったが、またしてもピオラのシュートが炸裂(ピオラは4試合で5ゴールを記録)、イタリアは2大会連続してジュール・リメ杯を手にしたのだった。

ポッツォはイタリアに2回のW杯制覇と五輪の金メダルをもたらした。そして、ポッツォの時代は1948年8月5日に幕を閉じることになる。それはロンドン五輪の準々決勝でデンマークに3−5で敗れた日である。イタリアの栄華はロンドン五輪で幕を閉じたとも言える。だが、実際は、すでに、第二次世界大戦がイタリアの覇権を奪い取ってしまっていたのである。

1938年のW杯制覇の後、アッズーリは一気に世界の舞台から後退していったのである。カルチョの歴史に残る“快挙”はサン・シーロでのイングランド戦の引き分けのみ(1939年5月13日)。その5年前にハイベリーでの敗戦(2−3)の雪辱を果たしたゲームでもあった。その日、同点ゴールはピオラの鮮やかなオーバーヘッドキックであった。そう、その瞬間、ピオラの手にボールが触れていたのだ。だが、ドイツ人レフェリー、バウウェンスはそれを見過ごした。マラドーナのゴッドハンドの50年前の出来事であった。
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