遅れ馳せながら:ジャーナリスト会議1
投稿者: yosisadan 投稿日時: 2002/08/02 05:01 投稿番号: [63072 / 99628]
日本ジャーナリスト会議主催
「WorldCupサッカーの真実」参加者83名(主催者発表)
問題提起:この会はヨーロッパではよくみられる試合後のパブのようにWcupを振り返り、ざっくばらんに討論したい。FIFAやJAWOC、世界のサッカー情勢についてご意見を頂きたい。共催の意義について考え、このあとどうしていけばいいか。決議もしなけりゃまとめもしない。9時まで時間いっぱい議論したい。論点として第一にFIFAの興行色の強まりを挙げたい。FIFAの態度が見る権利をゆがめている。TV放映権の関係で8試合が地上波に載らなかった。第二にはヨーロッパの有料TVでクラブが潤い、Wcup以上のものをテレビで見せている。これはスポーツ観戦における不平等で一般のテレビでもスタンドでも見れない。本来の姿とかけ離れている。スポーツ文化としての意義という見地から近代スポーツ全般で文化を殺している。第三に日本組織委員会(JAWOC)の問題である。日本に対して責任を持てない。FIFAに要求もしない。スポーツ界全般にいえる事で例えばIOCに対してJOCが弱い。自分達のスポーツにおけるあり方が欠けている。
一般意見:選手の海外流出、スポーツ文化を阻害している前提はあるのか?
JCJ:例えばブラジルの選手が欧州へ出稼ぎに行っている。するとブラジル国内では見れないのではないか!
一般意見:見れないとは思うが文化が衰えるとはいえないのではないか?
JCJ:近代スポーツに普遍の価値があるのか?おかしいのではないか。押し付けられた文化が残り、本来の日本独自のものは衰退した。例えば近代泳法ではなく日本泳法には、より早く、より強くでない文化があった。こういうものも必要なのではないか。少なくとも力で文化が押し付けられている。
JCJ:1980年と1990年以来、特にコンテンツ化している。一極集中し、対象者が限られてくる。今回は過密日程で優勝候補のフランスが飛んだ。これはクラブがリーグを重要にし、選手はクラブの声が圧力となっているのではないか。
JCJ:FIFAの姿勢について、スポーツイベントと放送料の点からFIFAの商業主義に見る権利が侵された。FIFAはより商売になるデジタル放送や衛生放送での中継を画策したが、イギリスがFIFAに抵抗し、結果としてドイツやイギリスで放送社がつぶれた。FIFAには、より多くの収益をあげるために極端に商業主義的な動き方があった。結局はデジタル放送や衛生放送の視聴者が少ない事からFIFAの戦略は失敗に終わった。
結果的には8億人が見た。人々が国際的イベントとしてオリンピック以上に見た。地上波のテレビはいずれの試合も高視聴率でWcupの価値を再認識した。しかし依然としてFIFAのスタンスは変わらないものがあり、歯止めをかけていく必要がある。一部だけにはならなかった日本もFIFAともっとうまくやる必要がある。この次がどうなのかが問題であるが、あくまでWcupについてだけの話。Jリーグはまだまだであるし、他のスポーツでもまだ難しい。
「WorldCupサッカーの真実」参加者83名(主催者発表)
問題提起:この会はヨーロッパではよくみられる試合後のパブのようにWcupを振り返り、ざっくばらんに討論したい。FIFAやJAWOC、世界のサッカー情勢についてご意見を頂きたい。共催の意義について考え、このあとどうしていけばいいか。決議もしなけりゃまとめもしない。9時まで時間いっぱい議論したい。論点として第一にFIFAの興行色の強まりを挙げたい。FIFAの態度が見る権利をゆがめている。TV放映権の関係で8試合が地上波に載らなかった。第二にはヨーロッパの有料TVでクラブが潤い、Wcup以上のものをテレビで見せている。これはスポーツ観戦における不平等で一般のテレビでもスタンドでも見れない。本来の姿とかけ離れている。スポーツ文化としての意義という見地から近代スポーツ全般で文化を殺している。第三に日本組織委員会(JAWOC)の問題である。日本に対して責任を持てない。FIFAに要求もしない。スポーツ界全般にいえる事で例えばIOCに対してJOCが弱い。自分達のスポーツにおけるあり方が欠けている。
一般意見:選手の海外流出、スポーツ文化を阻害している前提はあるのか?
JCJ:例えばブラジルの選手が欧州へ出稼ぎに行っている。するとブラジル国内では見れないのではないか!
一般意見:見れないとは思うが文化が衰えるとはいえないのではないか?
JCJ:近代スポーツに普遍の価値があるのか?おかしいのではないか。押し付けられた文化が残り、本来の日本独自のものは衰退した。例えば近代泳法ではなく日本泳法には、より早く、より強くでない文化があった。こういうものも必要なのではないか。少なくとも力で文化が押し付けられている。
JCJ:1980年と1990年以来、特にコンテンツ化している。一極集中し、対象者が限られてくる。今回は過密日程で優勝候補のフランスが飛んだ。これはクラブがリーグを重要にし、選手はクラブの声が圧力となっているのではないか。
JCJ:FIFAの姿勢について、スポーツイベントと放送料の点からFIFAの商業主義に見る権利が侵された。FIFAはより商売になるデジタル放送や衛生放送での中継を画策したが、イギリスがFIFAに抵抗し、結果としてドイツやイギリスで放送社がつぶれた。FIFAには、より多くの収益をあげるために極端に商業主義的な動き方があった。結局はデジタル放送や衛生放送の視聴者が少ない事からFIFAの戦略は失敗に終わった。
結果的には8億人が見た。人々が国際的イベントとしてオリンピック以上に見た。地上波のテレビはいずれの試合も高視聴率でWcupの価値を再認識した。しかし依然としてFIFAのスタンスは変わらないものがあり、歯止めをかけていく必要がある。一部だけにはならなかった日本もFIFAともっとうまくやる必要がある。この次がどうなのかが問題であるが、あくまでWcupについてだけの話。Jリーグはまだまだであるし、他のスポーツでもまだ難しい。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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