皇太子妃(雅子さま)誘拐事件の本
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/07/25 16:30 投稿番号: [59883 / 99628]
これは他トピに投稿したもの(にちょっと手を入れただけのもの)です。
タイトルの本の紹介資料として申し訳ないですが再度投稿させていただきます
さて最近の韓国メディアの愚行として記憶すべきは、金辰明著『皇太子妃拉致事件』の出版
あたりからの明城皇后ブームでしょうね。金辰明氏は韓国では知らない人のいないような大衆
作家で、『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』(韓国が北朝鮮と共同開発したミサイルを日本に撃ち込
むという小説)で三百万部とも言われる大当たりを取ったことで有名です。
『皇太子妃拉致事件』
200x年、日本では「新しい教科書を作る会」が編纂した歪曲教科書が検定を通過し、日韓の
間で大問題となっていた。韓国政府は強硬な日本政府に対抗してユネスコに提訴し、日本が歪曲
教科書を採択しないように勧告させようとしたが、実現は不透明となっていた。そんな時、歌舞
伎座に芝居見物に出かけたオワダ・マサコ皇太子妃が何者かに拉致される。犯人の要求は、日本
政府に対して、駐大韓帝国日本公使館が1895年に日本に送った「電文435号」を公開せよという
もので、公開すれば解放するというものだった。日本の外務省は「電文435号」はすでに存在しな
いと公開を拒む…
日本側の捜査で犯人は韓国人留学生金イヌであることがわかる。そして金イヌの曽祖父は明成
皇后・閔妃の殺害を防ごうとして殺されていた。「電文435号」は閔妃殺害に関する電文であった
のだ。皇太子妃は奈良県のキク村というところに監禁されていた。警官隊がそこを急襲し、犯人達
はあるいは射殺され、あるいは重傷を負う。これで事件は一件落着かと思われた。
だが、監禁されている間に犯人から犯行動機を聞かされ、正しい歴史観に目覚めてしまったマサ
コ皇太子妃は、外務省から「電文435号」を入手する。この電文には、閔妃を殺害した日本の浪人
が妃の死体を屍姦し、これを隠蔽するために死体を焼いたことが記されていた。マサコ皇太子妃は
この電文を手にユネスコの教科書審査に参加し、歴史的事実を明らかにする。皇太子妃の証言によ
り、日本人の残虐性と歴史隠蔽は世界の知るところとなり、ユネスコは日本の教科書の記述が歪曲
されていると判定する…。
なんなの、これ? とても悲しいです、いや怒りすら覚えます。
小説では電文435号の前後にあたる電文433号から電文437号までの内容も明らかにされている。
閔妃殺害は1895(明治28)年10月8日であるから、これらの電文はこの日付の直後からあまり時間
をおかずに発信されているはずだ。しかし実際のところ、韓国国会図書館立法調査局発行『韓国
外交文書総目(外国編)』(1966)にも、市川正明『日韓外交資料(第5巻)』(1981)にも、また、
日本公使館の電文を網羅した国史編纂委員会『駐韓日本公使館記録』(2000)にも該当する電文は
載っていない。1985年に「第○○号」という形式で発信された電文の番号は「第141号」までで、
「435号」という番号は存在しない…(ここらへんを調べたのは野平俊水さんで、元ネタも彼の
『日本人はビックリ 韓国人の日本偽史』(小学館文庫)からのものです)
捏造…というのは違うかもしれません。フィクションですから。でもね、こんな大衆迎合反日路
線で売らんかなの商売をしている韓国メディア!
悲しみ、怒り、そして虚脱…といったところでしょうか?
官・学・メディアそして民衆、どれか一つあるいは二つが正気を失っているのではなく、
全部が全部、一体となって正気を失っているのではないでしょうか?それだけに、彼らの
目を覚まさせるにしても、大変な、大変な作業ではないでしょうか?
(最後のあたりは他の方の投稿の紹介でしたので、手を入れました)
タイトルの本の紹介資料として申し訳ないですが再度投稿させていただきます
さて最近の韓国メディアの愚行として記憶すべきは、金辰明著『皇太子妃拉致事件』の出版
あたりからの明城皇后ブームでしょうね。金辰明氏は韓国では知らない人のいないような大衆
作家で、『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』(韓国が北朝鮮と共同開発したミサイルを日本に撃ち込
むという小説)で三百万部とも言われる大当たりを取ったことで有名です。
『皇太子妃拉致事件』
200x年、日本では「新しい教科書を作る会」が編纂した歪曲教科書が検定を通過し、日韓の
間で大問題となっていた。韓国政府は強硬な日本政府に対抗してユネスコに提訴し、日本が歪曲
教科書を採択しないように勧告させようとしたが、実現は不透明となっていた。そんな時、歌舞
伎座に芝居見物に出かけたオワダ・マサコ皇太子妃が何者かに拉致される。犯人の要求は、日本
政府に対して、駐大韓帝国日本公使館が1895年に日本に送った「電文435号」を公開せよという
もので、公開すれば解放するというものだった。日本の外務省は「電文435号」はすでに存在しな
いと公開を拒む…
日本側の捜査で犯人は韓国人留学生金イヌであることがわかる。そして金イヌの曽祖父は明成
皇后・閔妃の殺害を防ごうとして殺されていた。「電文435号」は閔妃殺害に関する電文であった
のだ。皇太子妃は奈良県のキク村というところに監禁されていた。警官隊がそこを急襲し、犯人達
はあるいは射殺され、あるいは重傷を負う。これで事件は一件落着かと思われた。
だが、監禁されている間に犯人から犯行動機を聞かされ、正しい歴史観に目覚めてしまったマサ
コ皇太子妃は、外務省から「電文435号」を入手する。この電文には、閔妃を殺害した日本の浪人
が妃の死体を屍姦し、これを隠蔽するために死体を焼いたことが記されていた。マサコ皇太子妃は
この電文を手にユネスコの教科書審査に参加し、歴史的事実を明らかにする。皇太子妃の証言によ
り、日本人の残虐性と歴史隠蔽は世界の知るところとなり、ユネスコは日本の教科書の記述が歪曲
されていると判定する…。
なんなの、これ? とても悲しいです、いや怒りすら覚えます。
小説では電文435号の前後にあたる電文433号から電文437号までの内容も明らかにされている。
閔妃殺害は1895(明治28)年10月8日であるから、これらの電文はこの日付の直後からあまり時間
をおかずに発信されているはずだ。しかし実際のところ、韓国国会図書館立法調査局発行『韓国
外交文書総目(外国編)』(1966)にも、市川正明『日韓外交資料(第5巻)』(1981)にも、また、
日本公使館の電文を網羅した国史編纂委員会『駐韓日本公使館記録』(2000)にも該当する電文は
載っていない。1985年に「第○○号」という形式で発信された電文の番号は「第141号」までで、
「435号」という番号は存在しない…(ここらへんを調べたのは野平俊水さんで、元ネタも彼の
『日本人はビックリ 韓国人の日本偽史』(小学館文庫)からのものです)
捏造…というのは違うかもしれません。フィクションですから。でもね、こんな大衆迎合反日路
線で売らんかなの商売をしている韓国メディア!
悲しみ、怒り、そして虚脱…といったところでしょうか?
官・学・メディアそして民衆、どれか一つあるいは二つが正気を失っているのではなく、
全部が全部、一体となって正気を失っているのではないでしょうか?それだけに、彼らの
目を覚まさせるにしても、大変な、大変な作業ではないでしょうか?
(最後のあたりは他の方の投稿の紹介でしたので、手を入れました)
これは メッセージ 59872 (dynamic_football さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834688/4z9qa4ua46a41a4sa4j_1/59883.html