閔氏
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/25 00:46 投稿番号: [59674 / 99628]
閔氏
びんし
朝鮮、李朝(李氏朝鮮)第26代国王高宗の時代に外戚として権勢をふるった閔氏一族をさす。閔致禄の娘が高宗の妃となる(閔妃)と、閔氏一族は1873年に大院君(高宗の父で摂政)から政権をうばい、高宗の親政の名のもとで政府、軍の要職を一手ににぎった。閔氏政権は開国政策をおしすすめ、新式(洋式)軍隊をもうけた。
1882年、以前から新式軍隊への優遇措置に不満をもっていた旧式軍隊が配給米の不正支給にいかって決起すると、政権奪回をねらっていた大院君はこれを利用して閔氏政権転覆と日本公使館襲撃をはかった。いわゆる壬午軍乱である。この軍乱により、日本人の新式軍隊教官が殺害され、閔氏一族は政権からおわれ、閔妃は地方にのがれた。
しかしこの乱を鎮圧するために出動を要請した中国の清軍が大院君を保定に幽閉すると、閔氏一族がふたたび政権をにぎった。以後閔氏政権は親中国政策をとるようになり、日本式近代化をめざす開化派を弾圧するようになった。
その後、甲午農民戦争、日清戦争の中で親日政権が組織され、日本軍による朝鮮侵略の危機が高まると、閔妃はロシアやアメリカと手をむすんで親日政権の転覆をめざしたが、1895年、それを阻止しようとする日本公使三浦梧楼の命をうけた浪人や日本守備隊によって殺害された。
これは メッセージ 59657 (masyuu_gtr2001 さん)への返信です.
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