タカノさん「恩恵の地、韓国で希望を見る」
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/07/24 09:15 投稿番号: [59300 / 99628]
韓国と韓国人そして在日同胞たちを無条件辱めて誹謗する日本人たちがある.
とくにここ掲示板で反韓ムードの造成に工作している 一部倭人たちが...
まるで日本と日本人は全部善で韓国と韓国人たちは全部邪悪な存在たちたとそんな精神異常症状を明らかに見せてくれている 一部倭人たちがある.
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文盲退治運動家のタカノさん「恩恵の地、韓国で希望を見る」
文盲退治運動家のタカノ・マサオ(63)さんはいつも白いシャツを着ている。1日中雨が降り注いだ23日も同じだった。シャツの前にはこのように書かれていた。『人間宣言 夜間中学 タカノ・マサオ』。「文字を習って真の人間として生きよう」と叫びながら日本全域を歩き回っている彼が、ソウルを訪れた。1998年9月から99年2月まで、ソウルに滞在した180日間の日記をまとめた『心の祖国、韓国』の出版のためだ。
「栄養失調で東京の道端に倒れていた17歳の私を介護し、初めて文字を教えてくれた方が韓国人でした。戦争孤児だった私は泥棒やスリ、けんかに明け暮れていた。韓国人の屑屋のおじいさんが私を拾い、面倒を見てくれたから、自分の名前を書けるようになったのです」
冷め切ったおじいさんの遺体が区役所のトラックに乗せされた日、彼は「ただ、食べるためには生きない」と誓った。20歳で夜間中学校に入り、本格的に勉強を始めた。1966年、行政管理庁が全国の夜間中学校の廃校を文部省に勧告したという新聞記事は、彼の人性を変えた。「夜間中学の増設運動」と率いる傍ら、文盲退治運動も並行した。
結局、彼は6・3年制の夜間中学の義務教育制度実行を導き出し、その功労を認められ、1993年には東京弁護士会が授与する人権賞を受賞した。
タカノさんが初めて韓国を訪れたのは4年前。彼に日本語の読み書きを教えてくれたおじいさんの母国語はどんなものか、疑問が沸いた。また、おじいさんに似た韓国人たちに会ってみたくなったのだ。偶然訪れた聖公会の「オモニ(お母さんの意)学校」は“文盲退治運動家”のタカノさんを感動させた。お年寄りたちが小学生の本を読みながら、一生懸命に文字を勉強する姿から、並々ならぬ感動を覚えたのである。
韓国に滞在しながら、彼は暇を見つけては仁寺(インサ)洞に出向き、たどたどしい韓国語で文盲退治の重要性を叫んだ。反応は極端だった。つばを吐きかける人、指で胸をつつきながら、戦争の責任を取れという人、反対に、泊まるところがないなら私の家へ行こうと腕を引っ張る人も一人や二人ではなかった。
正直で情の深い韓国人の姿から、かの昔の屑屋のおじいさんが自分を拾ってくれた時の心情が理解できたというタカノさん。「世界10億人に上る文盲人口のうち、80%がアジア人だというのは悲しいこと」というタカノさんは、「まだ、文字を習えなかった人たちに、私の話しが希望になってくれれば」と話した。
金潤徳(キム・ユンドク)記者
とくにここ掲示板で反韓ムードの造成に工作している 一部倭人たちが...
まるで日本と日本人は全部善で韓国と韓国人たちは全部邪悪な存在たちたとそんな精神異常症状を明らかに見せてくれている 一部倭人たちがある.
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文盲退治運動家のタカノさん「恩恵の地、韓国で希望を見る」
文盲退治運動家のタカノ・マサオ(63)さんはいつも白いシャツを着ている。1日中雨が降り注いだ23日も同じだった。シャツの前にはこのように書かれていた。『人間宣言 夜間中学 タカノ・マサオ』。「文字を習って真の人間として生きよう」と叫びながら日本全域を歩き回っている彼が、ソウルを訪れた。1998年9月から99年2月まで、ソウルに滞在した180日間の日記をまとめた『心の祖国、韓国』の出版のためだ。
「栄養失調で東京の道端に倒れていた17歳の私を介護し、初めて文字を教えてくれた方が韓国人でした。戦争孤児だった私は泥棒やスリ、けんかに明け暮れていた。韓国人の屑屋のおじいさんが私を拾い、面倒を見てくれたから、自分の名前を書けるようになったのです」
冷め切ったおじいさんの遺体が区役所のトラックに乗せされた日、彼は「ただ、食べるためには生きない」と誓った。20歳で夜間中学校に入り、本格的に勉強を始めた。1966年、行政管理庁が全国の夜間中学校の廃校を文部省に勧告したという新聞記事は、彼の人性を変えた。「夜間中学の増設運動」と率いる傍ら、文盲退治運動も並行した。
結局、彼は6・3年制の夜間中学の義務教育制度実行を導き出し、その功労を認められ、1993年には東京弁護士会が授与する人権賞を受賞した。
タカノさんが初めて韓国を訪れたのは4年前。彼に日本語の読み書きを教えてくれたおじいさんの母国語はどんなものか、疑問が沸いた。また、おじいさんに似た韓国人たちに会ってみたくなったのだ。偶然訪れた聖公会の「オモニ(お母さんの意)学校」は“文盲退治運動家”のタカノさんを感動させた。お年寄りたちが小学生の本を読みながら、一生懸命に文字を勉強する姿から、並々ならぬ感動を覚えたのである。
韓国に滞在しながら、彼は暇を見つけては仁寺(インサ)洞に出向き、たどたどしい韓国語で文盲退治の重要性を叫んだ。反応は極端だった。つばを吐きかける人、指で胸をつつきながら、戦争の責任を取れという人、反対に、泊まるところがないなら私の家へ行こうと腕を引っ張る人も一人や二人ではなかった。
正直で情の深い韓国人の姿から、かの昔の屑屋のおじいさんが自分を拾ってくれた時の心情が理解できたというタカノさん。「世界10億人に上る文盲人口のうち、80%がアジア人だというのは悲しいこと」というタカノさんは、「まだ、文字を習えなかった人たちに、私の話しが希望になってくれれば」と話した。
金潤徳(キム・ユンドク)記者
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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