くだらないは百済ないではない
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/07/23 14:17 投稿番号: [58849 / 99628]
ditgtedgbbdcさん
・くだらないが「百済にないもの」であれば、語源は7世紀百済滅亡以前にあることになります
・しかし上代日本語の文献には「くだらない」(または「くだらぬ」)は出てきません
・「くだらぬ」の初出は『日葡辞書』(慶長8(1603)年)の「cudaranu」という形での収録かと思われます
・江戸の文献には「くだらぬ」という形は徐々に出てきますが、「くだらない」という形は江戸末から明治になって初めて出てくるものです。
・「くだらぬ」は四段動詞「くだる」の未然形「くだら」に、打消しの助動詞「ず」の終止形「ぬ」(用例:鎌倉〜江戸後期)あるいは連体形「ぬ」(用例:奈良〜江戸後期)がついた形です。
・「くだらならず」もしくは「くだらがものにあらず」という形が残っていたのであれば、語源説の正当性は曲がりなりにも言えるかもしれませんが、「くだらぬ」では「百済+ぬ」という形が成立しませんので(「ず」が接続するのは用言および一部の助動詞の未然形)、結局単なる偶然の音の一致としか考えられません。
・しかも用例が多く出てくる江戸期に、「百済」のことをみな知っていたとは噴飯ものです。まだしも「上方説」の方があり得ます。
・まして『日葡辞書』での用例でも、「この経の義理がくだらぬ」(この経文の道理・意味がわからない)とあり、「意味の通らない・訳のわからない」という語義が先ず最初にあったと思われますので、ますます「くだらない」は「百済ない」ではないということが証明されることになるのでは、と考えます。
これは メッセージ 58843 (ditgtedgbbdc さん)への返信です.
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