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>名将イースンシン

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/23 13:49 投稿番号: [58838 / 99628]
李舜臣   りしゅんしん   1545〜98   李氏朝鮮の武将。漢城(現ソウル)に生まれる。1576年の武科に合格して軍人となり、女真との戦いなどで活躍、91年に全羅左道水軍節度使に昇進した。

甲板をカメの甲羅のように棘(とげ)のついた金属板でおおって火矢や乗りうつり攻撃をふせぎ、船腹から火砲をはなつ亀甲船(きっこうせん)を建造して水軍の強化につとめ、1592年、豊臣秀吉の命で日本軍が朝鮮に侵攻してくると(壬辰・丁酉倭乱、日本では文禄・慶長の役)、海戦で大活躍した。陸上では朝鮮軍は苦戦したが、海上では李舜臣の水軍が日本水軍に連勝して全羅道より西への進出をふせぎ、戦局転換に大きな役割をはたした。

日本軍の撤退後、軍功によって忠清、全羅、慶尚三道水軍統制使に任命されたが、日本軍が再度侵略した1597年には、慶尚右道水軍節度使の元均らの中傷で失脚させられていた。しかし、元均が敗死すると、ふたたび水軍統制使に任じられ、日本水軍を撃破、侵略計画を断念させた。

李舜臣自身は麗水沖の戦で銃弾をうけて戦死したが、このとき、自分の死をかくして戦いを続行するよう、部下に遺言したとつたえられている。死後に忠武公という名をおくられ、現在も民族的英雄としてたたえられている。
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