●韓国電波歴史本
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/07/23 11:03 投稿番号: [58769 / 99628]
韓国在野史学家(トンデモ史家)たちは、勝手な史料の用い方をしてdavidpkjpのような「いたいけ」な生徒(笑)(言い換えればバカ)をだましています。
例えば洪ハサン『12枚重ねの着物の内部事情』では「125代続いた天皇家は、高句麗・百済・新羅系統の混合だ」とし、今なお天皇家が古墳の発掘を許可しないのは、掘れば天皇家が朝鮮半島出身だということがばれてしまうからだと主張します。
彼の主張では「(神武天皇―仲哀天皇の)14代は、実は日本の地での歴史ではなく、韓国の地での歴史なのであるが、まるで日本であったり九州であったかのように記録したものである。その脚色者は西暦712年に編纂された『古事記』と720年に編纂された『日本書紀』の著者たちである。」となっています。
そして「14代までの天皇は百済の王であった。応神天皇は397年に朝鮮半島から日本に渡り、九州に政権を樹立。その後奈良地方に移動して「ナラ(韓国語で「国」)」という国家を樹立した。この後百済系の王は17代の履中天皇まで続いたが、18代反正天皇にきて異変が起こった。反正天皇は高句麗系の天皇であり、日本は百済・高句麗の天皇が争う角逐の場となってしまったが、これらの勢力は淡路島で衝突した。この戦いで勝利を収めたのは反正天皇だったが、すぐ伽や人であり新羅系の意を受けた允恭天皇によって政権を奪われた。さらに天智天皇は亡命した高句麗人であり、天武天皇は新羅の文武王である…」とします。つまり彼によれば古代日本には韓半島から渡来した勢力が群雄割拠していて、万世一系の皇室などお笑い種だということです。
さらに彼は「…日本の保守右翼学者は未だに日本民族の構成には韓半島以外の南方族やアイヌ族、そして先住民である縄文人、日本に投降した民の鄭成功集団まで挙げて日本人のルーツが韓半島の渡来人だということを事実上希釈しようとしているが、これは論理の糊塗にほかならない」と怒ります(笑)
しかし、彼は『日本書紀』などを脚色されたものと一蹴しているくせに、例えば允恭天皇が新羅系であるという主張の根拠として『日本書紀』(允恭天皇42年)の「允恭天皇が崩御すると新羅の王が嘆き悲しみ多くの楽人を奉った」という記述を引いたりもしているのです。また彼は朝鮮半島から日本に文物が伝達されたというくだりになると、平然として『古事記』や『日本書紀』を引用します。
勝手に「トンデモ学説」を組み立てておいて、自説に必要な(というか合致する)ところでは無条件に『古事記』や『日本書紀』などの史料を引き、都合の悪いところはすべて「脚色」だ「歪曲」だとしている彼の行為は、まともな史料批判一つできないこうした韓国在野史学家の「電波度」を示しているだけで全く信ずるに足りません。
そして、韓国史学界でも最近までかなりこれに近いことがなされていたのも事実で、若手学者がおかしいんじゃないかと声をあげるのも当然(というか遅すぎるくらい)です。
こういう本を読んで、韓国のバカモノ達は日本の掲示板に誇らしげに誇大妄想を書き込むのです。
元ネタ(野平俊水『韓国人の日本偽史』(小学館文庫))
例えば洪ハサン『12枚重ねの着物の内部事情』では「125代続いた天皇家は、高句麗・百済・新羅系統の混合だ」とし、今なお天皇家が古墳の発掘を許可しないのは、掘れば天皇家が朝鮮半島出身だということがばれてしまうからだと主張します。
彼の主張では「(神武天皇―仲哀天皇の)14代は、実は日本の地での歴史ではなく、韓国の地での歴史なのであるが、まるで日本であったり九州であったかのように記録したものである。その脚色者は西暦712年に編纂された『古事記』と720年に編纂された『日本書紀』の著者たちである。」となっています。
そして「14代までの天皇は百済の王であった。応神天皇は397年に朝鮮半島から日本に渡り、九州に政権を樹立。その後奈良地方に移動して「ナラ(韓国語で「国」)」という国家を樹立した。この後百済系の王は17代の履中天皇まで続いたが、18代反正天皇にきて異変が起こった。反正天皇は高句麗系の天皇であり、日本は百済・高句麗の天皇が争う角逐の場となってしまったが、これらの勢力は淡路島で衝突した。この戦いで勝利を収めたのは反正天皇だったが、すぐ伽や人であり新羅系の意を受けた允恭天皇によって政権を奪われた。さらに天智天皇は亡命した高句麗人であり、天武天皇は新羅の文武王である…」とします。つまり彼によれば古代日本には韓半島から渡来した勢力が群雄割拠していて、万世一系の皇室などお笑い種だということです。
さらに彼は「…日本の保守右翼学者は未だに日本民族の構成には韓半島以外の南方族やアイヌ族、そして先住民である縄文人、日本に投降した民の鄭成功集団まで挙げて日本人のルーツが韓半島の渡来人だということを事実上希釈しようとしているが、これは論理の糊塗にほかならない」と怒ります(笑)
しかし、彼は『日本書紀』などを脚色されたものと一蹴しているくせに、例えば允恭天皇が新羅系であるという主張の根拠として『日本書紀』(允恭天皇42年)の「允恭天皇が崩御すると新羅の王が嘆き悲しみ多くの楽人を奉った」という記述を引いたりもしているのです。また彼は朝鮮半島から日本に文物が伝達されたというくだりになると、平然として『古事記』や『日本書紀』を引用します。
勝手に「トンデモ学説」を組み立てておいて、自説に必要な(というか合致する)ところでは無条件に『古事記』や『日本書紀』などの史料を引き、都合の悪いところはすべて「脚色」だ「歪曲」だとしている彼の行為は、まともな史料批判一つできないこうした韓国在野史学家の「電波度」を示しているだけで全く信ずるに足りません。
そして、韓国史学界でも最近までかなりこれに近いことがなされていたのも事実で、若手学者がおかしいんじゃないかと声をあげるのも当然(というか遅すぎるくらい)です。
こういう本を読んで、韓国のバカモノ達は日本の掲示板に誇らしげに誇大妄想を書き込むのです。
元ネタ(野平俊水『韓国人の日本偽史』(小学館文庫))
これは メッセージ 58766 (davidpkjp さん)への返信です.
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