れ・januaryrabbit2002さんへ
投稿者: januaryrabbit2002 投稿日時: 2002/07/22 23:27 投稿番号: [58495 / 99628]
確か、”原始キリスト教”と書かれていたので、キリスト教の初期のものの話だと・・・キリスト教はジーザスクライストに始まったわけではなく、救世主を待ち望む思想が出発点とする場合でも、その思想の源流には選ばれし民であるユダヤ人を約束の地へ導く”ユダヤの王”を待ち望むユダヤ教の思想が流れていると思います。
”原始宗教”ということでしたら・・・。
宗教史の流れからすると、その信仰の対象は常に人間にとって畏敬の念を抱くものに対して向けられているような気がします。
最初は自らの生命に対して計り知れない影響を持つ森や大地、生や死、太陽と言ったもの、また海岸近くでは月や海と言った”自然”が信仰の対象だったのではないでしょうか。
その後、世界の3大宗教(この表現は日本だけかもしれませんが)が生まれた頃には、ある程度自然を克服できると言う人間の慢心と、それを可能にした”社会”というシステムに対する畏敬の念から、権力や秩序と言ったものを凝縮したような絶対者(創世者・造物主)への信仰が始まったのではないでしょうか。もちろん、生命の維持に余裕が生まれたために、自らの内面に対する驚きが生まれたと考えることも出来ますが。
私のように特定の宗教に一応入っているものが、以上のような考察をするのは、同門の方から怒られそうな気がするのですが・・・一歩はなれたところから観た時の、あくまで私見です。
こちらも勉強になりますので、ご意見があれば、ご指摘ください。
これは メッセージ 58442 (tres_fatiguee さん)への返信です.
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