鐵扇會 、韓日・日韓親善記念日制定運動
投稿者: gem6401 投稿日時: 2002/07/16 12:12 投稿番号: [55100 / 99628]
このような運動があるそうです。
http://tetsusenkai.net/official/w-cup/2002/
平成14年昨6月30日横浜。ドイツを2-0で下したブラジルが、FIFA World Cup 2002 Korea-Japanの優勝国に輝きました。
史上初のアジアでの開催、更に二国による共同開催というまったく新たなかたちでスタートした新世紀はじめての今大会は、強豪国と呼ばれていたフランス・ポルトガル・スペイン・アルゼンチン・イングランド・イタリアなどが途中で姿を消すという波乱の大会となりましたが、そのなかで、最も注目を浴びたのはアジア初の四強入りをはたした共催国・大韓民国チームでした。ヨーロッパのサッカー大国を次々と下し快進撃を続けるその姿には、今大会に賭けるかの国のなみなみならぬ決意と意欲があったと言えましょう。
わが日本代表も健闘しました。八強進出はならなかったとはいえ、4年前一勝もあげることができなかったことをかんがえれば、W杯初の勝ち点を上げ、次いで初勝利をものにし、ついには決勝トーナメントへと進出した選手たちの成長ぶりにはめざましいものがあり、その闘志と最後まで諦めない姿勢に多くの国民が勇気づけられたと言えましょう。
スポーツジャーナリズム的視点から見れば、今大会に問題がなかった訳ではありません。大会が進むにつれて、審判のミスジャッジ問題に端を発し、イタリアで活躍する韓国選手に対するイタリア人のチームオーナーの報復解雇発言など、過度にして偏狭なナショナリズムが吹き荒れたことは、W杯の長い歴史で幾度となくくり返されたこととはいえ、白けた感じが否めませんでした。
その最中、読売新聞社運動部の内藤昭広記者は、自紙紙上においてつぎのような提案をしました。
日韓両国が共に初の決勝リーグ進出を決めた6月14日を、日韓サッカー記念日としてはどうか?
***********
サッカーを国力、欧州・南米というサッカー大国を西洋列強に見立てるならば、今大会においてサッカー後進地域と言われていたアジアから四強入りを果たすという、大韓民国選手たちによる快挙は、約100年前、わが国海軍将兵が日本海においてバルチック艦隊を破ったことにも匹敵する国民的熱狂をかの国にもたらしているようにも思われます。
昨年、本會は、"2002サッカーW杯日韓韓日呼称交換運動"を展開いたしました (○趣旨説明 ○展開背景
本會では、W杯終幕を機に、新世紀・二国新時代を見据え、上記の内藤提案を一歩前進させるとともに、大会の正式名称をめぐって紛糾した両国の経緯を踏まえ、慎重に日を選び、
W杯が終了した
7月1日を(*)
日本では「韓日親善記念日」
韓国では「日韓親善記念日」
とするべく、茲に両国ネット国民運動を展開いたすこととなりました。
どうかご閲覧の皆様のご支援と、ご協力のほど、茲に謹んでお願い申し上げる次第であります。
*5月30日を選べば、韓国のオープニングが
両国決勝進出の14日を選べばそれぞれの相手国の体面が
6月30日を選べば、横浜での決勝戦がそれぞれネックになることから、
今W杯を日韓新時代に位置づけた両国の初心へと立ち返り、W杯終幕の翌日を「日韓新時代の幕開け」 と捉え、またすでに韓国が今年に限りこの日を休日としている事情にも配慮し、本會はこの日を提案致しました。
以下略
http://tetsusenkai.net/official/w-cup/2002/
平成14年昨6月30日横浜。ドイツを2-0で下したブラジルが、FIFA World Cup 2002 Korea-Japanの優勝国に輝きました。
史上初のアジアでの開催、更に二国による共同開催というまったく新たなかたちでスタートした新世紀はじめての今大会は、強豪国と呼ばれていたフランス・ポルトガル・スペイン・アルゼンチン・イングランド・イタリアなどが途中で姿を消すという波乱の大会となりましたが、そのなかで、最も注目を浴びたのはアジア初の四強入りをはたした共催国・大韓民国チームでした。ヨーロッパのサッカー大国を次々と下し快進撃を続けるその姿には、今大会に賭けるかの国のなみなみならぬ決意と意欲があったと言えましょう。
わが日本代表も健闘しました。八強進出はならなかったとはいえ、4年前一勝もあげることができなかったことをかんがえれば、W杯初の勝ち点を上げ、次いで初勝利をものにし、ついには決勝トーナメントへと進出した選手たちの成長ぶりにはめざましいものがあり、その闘志と最後まで諦めない姿勢に多くの国民が勇気づけられたと言えましょう。
スポーツジャーナリズム的視点から見れば、今大会に問題がなかった訳ではありません。大会が進むにつれて、審判のミスジャッジ問題に端を発し、イタリアで活躍する韓国選手に対するイタリア人のチームオーナーの報復解雇発言など、過度にして偏狭なナショナリズムが吹き荒れたことは、W杯の長い歴史で幾度となくくり返されたこととはいえ、白けた感じが否めませんでした。
その最中、読売新聞社運動部の内藤昭広記者は、自紙紙上においてつぎのような提案をしました。
日韓両国が共に初の決勝リーグ進出を決めた6月14日を、日韓サッカー記念日としてはどうか?
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サッカーを国力、欧州・南米というサッカー大国を西洋列強に見立てるならば、今大会においてサッカー後進地域と言われていたアジアから四強入りを果たすという、大韓民国選手たちによる快挙は、約100年前、わが国海軍将兵が日本海においてバルチック艦隊を破ったことにも匹敵する国民的熱狂をかの国にもたらしているようにも思われます。
昨年、本會は、"2002サッカーW杯日韓韓日呼称交換運動"を展開いたしました (○趣旨説明 ○展開背景
本會では、W杯終幕を機に、新世紀・二国新時代を見据え、上記の内藤提案を一歩前進させるとともに、大会の正式名称をめぐって紛糾した両国の経緯を踏まえ、慎重に日を選び、
W杯が終了した
7月1日を(*)
日本では「韓日親善記念日」
韓国では「日韓親善記念日」
とするべく、茲に両国ネット国民運動を展開いたすこととなりました。
どうかご閲覧の皆様のご支援と、ご協力のほど、茲に謹んでお願い申し上げる次第であります。
*5月30日を選べば、韓国のオープニングが
両国決勝進出の14日を選べばそれぞれの相手国の体面が
6月30日を選べば、横浜での決勝戦がそれぞれネックになることから、
今W杯を日韓新時代に位置づけた両国の初心へと立ち返り、W杯終幕の翌日を「日韓新時代の幕開け」 と捉え、またすでに韓国が今年に限りこの日を休日としている事情にも配慮し、本會はこの日を提案致しました。
以下略
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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