>近代化した理由
投稿者: renoir187 投稿日時: 2002/07/16 00:14 投稿番号: [54934 / 99628]
>でも、やっぱ併合してもあんまり意味なかったんじゃないかな。
>満州に進出もなく太平洋戦争にもならなかったかな。まあよくわからない。
伊藤博文や小村寿太郎ら一部の政府有力者の間では、ロシアの満州と日本の朝鮮での特別な地位をお互いに認めあうという、いわゆる満韓交換が提唱されていて、ロシアにも提示されていました。
しかし、ロシアの考えは異なっていて、満州は既得権と考えていました。ゆえに、ロシアは日本の提案を拒否、さらに朝鮮半島への進出を主張する一方で、満州において増兵を始めました。1903年後半の交渉が不成功に終わると、日本では対露開戦を覚悟し、ロシアに最後通牒を突き付け、日露戦争となりました。
日露戦争の勝利によって、日本はロシアの脅威をしりぞけ、満州を得ました。同時に、ロシアにも朝鮮における権益を認めさせ、韓国の保護国化を進め、 1906年に伊藤博文が初代統監として韓国に派遣されました。日韓併合を主張する対韓強硬論を抑えていた伊藤統監がハルビンで安重根に暗殺されると、強硬派の意見が強まり、1910年には韓国が併合されました。
韓国併合までの流れはざっとこんな感じでしょう。もちろん人によって事実の取り上げ方は違うでしょうが。
現代日本人は戦争の勝利によって満州を得たこと、韓国を保護国にしたことを、今の知識と感覚でもって「非道だ」「意味がない」と非難するかもしれません。ただ、当時は(今でもそうですが)戦争が外交の最終手段の時代で、勝ったとはいえ日露戦争では膨大な数の犠牲者を出しました。その後の日本が満州の権益に固執したのも、「満州で自分の肉親が戦死した」「満州の地は多くの日本人の血を吸っている」といった当時の日本人の思いがありました。まあ、結果的には、それがその後の転落への道の原因にもなったのですが。
これは メッセージ 54890 (joudan123450 さん)への返信です.
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