ダハウとマルタ
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/07/10 02:31 投稿番号: [52158 / 99628]
中央日報
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ダハウとマルタ
ドイツ南のミュンヘンから北西におよそ20キロ離れたところにダハウという町がある。
人口3万6000人余りの閑静な町だが、ドイツ現代史はこの町を除いて語ることはできない。
ユダヤ人大虐殺の舞台だったナチスの強制収容所第1号がここに建てられたためだ。
1933年3月ナチスの親衛隊長ハインリッヒ・ヒムラーが建設したこの収容所は、当初5000人を収容することができる小規模なものだった。
元々共産主義者と労組指導者など、政治犯を収容するためのものだったが、時間が経つにつれて規模が大きくなり、ユダヤ人、同性愛者、ジプシーなどが送られてきた。
第2次世界大戦勃発後は、ポーランドとソ連などからの捕虜20万人が収容された。
1945年4月、米軍によって解放されるまでここで処刑された人は公式的に3万人に達する。しかし、はるかに多くの人々が拷問と飢え、疾病で亡くなった。
この収容所が悪名を駆せたもう一つの理由は、生体実験にある。
マラリア実験はもちろん、気圧がどれくらい低下すれば人体の組織が断裂するか調べるための「低圧実験」、人間がどれくらいの寒さまで耐えられるか調べるための「低温実験」などを実施した。
その収容所が現在は記念館となり、ドイツ人たちに生きた教育の現場となっている。
記念館出口に書かれているジョージ・サンタヤーナのあの有名な警句に今日もドイツ人たちは粛然とする。「過去を忘れる人は、過去を繰り返す罰を受ける」
日本帝国主義(日帝)はナチスよりもはるかに悪辣な生体実験を行なった。鄭賢雄(チョン・ヒョンウン)の長編小説『マルタ』でもよく知られる関東軍731部隊は、麻酔をせずに生体解剖をするなど、極悪非道な蛮行を犯した。
石井四郎中将が創設したこの部隊は、特に各種の細菌戦実験で悪名を駆せた。日本語の「丸太」から「マルタ」と呼ばれた、3000余人の生体実験犠牲者のなかにはもちろん朝鮮人もいた。
この部隊があった満州ハルピンの平房に建てられた「731部隊罪証陣列館」は、日帝の残虐性を生々しく証言している。
ある中小企業家の努力により、忠清南道牙山(チュンチョンナムド・アサン)に「マルタ博物館」が建設されると報道された。ちょうど光復節(8月15日)を迎え、真に意義深いことだ。
日本がまともな国なら、ドイツのように進んでこのような記念館を日本に建てなければならない。
それから首相が靖国神社の参拝で騒ぎを起こしたりする代わりに、記念館を訪ねてざんげするのはどうだろう。世界が日本を見直すことになるだろう。
広島に「平和公園」というものを作り、「我々も被害者」と主張してみても世界にあざ笑われるだけだ。
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ダハウとマルタ
ドイツ南のミュンヘンから北西におよそ20キロ離れたところにダハウという町がある。
人口3万6000人余りの閑静な町だが、ドイツ現代史はこの町を除いて語ることはできない。
ユダヤ人大虐殺の舞台だったナチスの強制収容所第1号がここに建てられたためだ。
1933年3月ナチスの親衛隊長ハインリッヒ・ヒムラーが建設したこの収容所は、当初5000人を収容することができる小規模なものだった。
元々共産主義者と労組指導者など、政治犯を収容するためのものだったが、時間が経つにつれて規模が大きくなり、ユダヤ人、同性愛者、ジプシーなどが送られてきた。
第2次世界大戦勃発後は、ポーランドとソ連などからの捕虜20万人が収容された。
1945年4月、米軍によって解放されるまでここで処刑された人は公式的に3万人に達する。しかし、はるかに多くの人々が拷問と飢え、疾病で亡くなった。
この収容所が悪名を駆せたもう一つの理由は、生体実験にある。
マラリア実験はもちろん、気圧がどれくらい低下すれば人体の組織が断裂するか調べるための「低圧実験」、人間がどれくらいの寒さまで耐えられるか調べるための「低温実験」などを実施した。
その収容所が現在は記念館となり、ドイツ人たちに生きた教育の現場となっている。
記念館出口に書かれているジョージ・サンタヤーナのあの有名な警句に今日もドイツ人たちは粛然とする。「過去を忘れる人は、過去を繰り返す罰を受ける」
日本帝国主義(日帝)はナチスよりもはるかに悪辣な生体実験を行なった。鄭賢雄(チョン・ヒョンウン)の長編小説『マルタ』でもよく知られる関東軍731部隊は、麻酔をせずに生体解剖をするなど、極悪非道な蛮行を犯した。
石井四郎中将が創設したこの部隊は、特に各種の細菌戦実験で悪名を駆せた。日本語の「丸太」から「マルタ」と呼ばれた、3000余人の生体実験犠牲者のなかにはもちろん朝鮮人もいた。
この部隊があった満州ハルピンの平房に建てられた「731部隊罪証陣列館」は、日帝の残虐性を生々しく証言している。
ある中小企業家の努力により、忠清南道牙山(チュンチョンナムド・アサン)に「マルタ博物館」が建設されると報道された。ちょうど光復節(8月15日)を迎え、真に意義深いことだ。
日本がまともな国なら、ドイツのように進んでこのような記念館を日本に建てなければならない。
それから首相が靖国神社の参拝で騒ぎを起こしたりする代わりに、記念館を訪ねてざんげするのはどうだろう。世界が日本を見直すことになるだろう。
広島に「平和公園」というものを作り、「我々も被害者」と主張してみても世界にあざ笑われるだけだ。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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