韓国ふざけんな

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日韓併合はやはり正しかったんだ。

投稿者: pichipichi_gals 投稿日時: 2001/04/14 10:38 投稿番号: [521 / 99628]
荒廃し尽くした李朝社会の現状を目の当たりにした日本の経済人たちは、『百害あって一利なし』と叫び、併合を最悪の事態と考えていた。
しかし、韓国側の日韓併合推進団体・一進会の百万人署名運動を初めとする韓国側の要請(李朝の大臣5名も賛成している)、そして、ロシアの植民地化の危機が迫ると、やもなく併合に踏み切った。

併合に踏み切った日本は、日露戦争が終わって間もない時期であったにも拘わらず、莫大な投資を行っている。
1908年/2700万(日本の国家予算は、62600万)
1909年/3100万(52000万)
1910年/2100万(54800万)
1911年/2500万(57400万)
1912年/1235万(58200万)

これらの他に、恩賜金として出された額も足せば、最大、日本の国家予算の10%近くにまで達してしまう。
日本は、全く利益を顧みずに、朝鮮の近代化に貢献したのである。そして、それは人口推移を見ても容易に理解できる。

1906年/980万
1912年/1400万
1916年/1866万
1938年/2400万

わずか30年で二倍以上に増加しているのだ。

【貨幣統制】
李朝時代、国費を稼ぐ為に貨幣が大量に作られた。結果、『葉銭』と呼ばれる数百種類もの悪貨が発生した。悪質なインフレによって買い物一つするにも貨幣が持ち運べず、又、経済も麻痺状態に陥ったのだ。
日韓併合後、通貨は統制され、インフレと経済の麻痺は回復した。
【森林緑地化計画】
李朝末期、飢えに苦しむ民衆によって乱伐が繰り返され、朝鮮ははげ山だらけとなっていた。
当時の山林の面積は、全体の71%。その内、三分の一は荒廃していたのだ。
この有り様に涙した寺内総督は、次の詩を読み、己の決意を現したと言う。
『大君の恵みの露にうるほいて、高麗の山河いろまさりゆく』
寺内総督は、徹底的な治水・治山調査の後、森林保護法の発令、幼齢の育成、造林補助、害虫駆除、森林組合補助、林業試験場の設備すると、何と6億6百22万4千もの植林を行い、朝鮮の森林を復活させたのである。

ちなみに、韓国の教科書には、「日本は乱伐し、はげ山だらけにした」と書かれている。
【主要河川治水事業計画】
良く、北朝鮮の水害が報じられるが、近代的な防波堤も、ダムもなかった為、李朝時代は、水害によるもっと被害が凄まじかった。
1915年、実地調査が進むと、1925年には帝国議会において、朝鮮の治水事業十カ年計画が決議された。
この事業の際、朝鮮人を労働者として雇ったが、朝鮮人たちは驚嘆したと言う。なぜならば、政府が給与を支払ったからだ。
李朝時代は、民衆に労働をあてがっても、給与を支払う事などあり得なかったのだ。
この治水工事によって、数多くの良田が出来、明治43年頃は、84万7千町歩だった耕地が、昭和3年には162万町歩に倍増したのである。

【朝鮮語の確立】
ハングルは、1446年、王・世宗によって作られた。
しかし、当時は儒学者の反対により、これは公表されず、16世紀には、王・中宗によって、廃止させられてしまった。
これは、独自の文字を持ってしまえば、宗主国の怒りを買うと恐れたからだ。
朝鮮史上、初めてハングルを文章として体系化し、標準語を定め、普及に努め、『朝鮮語』を確立したのは、小倉新平博士である。
他にも、朝鮮を世界一の道路大国に変えた交通網の整備事業や、朝鮮史編纂委員会による朝鮮史上初めての『朝鮮史』の体系化や、上下水道の設置など無数にある。
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